見えない恐れと向き合う
――永遠を旅する内なる子どもを抱きしめて
永遠をさまよう「私の一部」
私は人生のほとんどを、言葉にならない実存的不安と共に生きてきました。
ただ、その名前を知らなかっただけ。
子どもの頃から、学校や日常の世界よりも、ずっと抽象的でつかみどころのない宇宙観を抱いていました。
それが本格的に形を持ったのは、深いスピリチュアルな目覚めを経験したときです。
「この現実は、一見自然に見えても、実際は不自然で、不健康で、条件付けやプログラムによって形作られている」
そう確認できたことは、私に大きな安堵を与えました。
同時に、それは私たちの直感がなぜ実存的不安を感じ取るのかを理解する手がかりにもなりました。
夜中に訪れる“悲しみの波”
ところが、7年前ほど前から、別の形でこの不安が現れ始めます。
夜中に突然目が覚め、愛する人への計り知れない悲しみと喪失感に襲われる――。
やがて私は気づきました。
それは愛する人そのものではなく、「実存的不安」という象徴だったのです。
その感覚を深く探っていくうちに、私はそれを“内なる子ども”として感じ取るようになりました。
ただの子どもではありません。
果てしない時の流れを、永遠にただ一人で旅する子ども――「永遠を旅する内なる子ども」でした。
安全な大人が必要な理由
この子は、不安で、心細く、そして「安全な大人」を求めています。
その大人は、他でもない私自身。
内なる子どもは多面的で、悲しみだけでできているわけではありません。
でも、このとき現れた側面は、完全な孤独と恐れに包まれていました。
だからこそ、それは「大人」ではなく「子ども」として現れたのです。
彼女には、私という“大人の自分”が必要だったのです。
癒しの第一歩は「感じきること」
夜中に目覚めるたび、私はまず彼女の感情を感じきることから始めました。
それは、永遠を、無限を、ひとりで駆け抜けるパニック。
「私はなぜここにいるの?」「これは何?」という混乱。
人間という存在は、本質的にとても脆く、そう設計されている。
種が脆い殻を持ちながらもやがて大木になるように。
そのデザインを理解しながら、私は彼女の感情をただ受け入れました。
時間の制限を手放す
次に大切だったのは、「いつ終わるのか」という期待を完全に手放すこと。
何週間、何カ月続いても構わないと決めることです。
時間への期待をなくすと、人はより誠実になれる。
そして、宇宙は誠実さを愛します。
誠実さは、まるで多元宇宙全体の共通通貨のようなもの。
とことん愛を伝える
三つ目のステップは、彼女に“過剰なくらい”愛を伝えること。
「永遠に一緒にいるよ」
「あなたは私の全世界」
「あなたは私の目に映るすべて」
少し照れくさいほどの言葉を、繰り返し伝えます。
もちろん、言葉だけで行動が伴わなければ意味はありません。
本当にそこにいてあげることが大切です。
癒しではなく「統合」へ
数カ月後、この夜中の発作はほぼ消えました。
でも私は、それを「治った」とは呼びません。
もし再び訪れても、私はまた彼女を抱きしめるでしょう。
これは「取り除く」ことではなく、「統合」すること。
それができると、長年背負ってきた見えない重みは、静かな安心感と新しい創造性に置き換わります。
あなたの中にも
もしかすると、あなたの中にも永遠を旅する子どもがいるかもしれません。
もしそうなら――どうか抱きしめてあげてください。
「安全な大人」であるあなたが、そばにいると伝えてあげてください。
それだけで、その旅は孤独ではなくなるのです。
オーストラリア在住21年の筆者が、自然療法であるホメオパシーでパニック発作を治療したところ、苦難の末、壮大な一瞥体験をし、2015年にスピリチュアルに覚醒した体験記。
”冗談だろう? 人生って、ジョークだったのか? あまりの可笑しさに、僕は笑いが込み上げてきた。 僕たちは、人生というドラマの傍観者だったのだ。でも、そこには愛が満ち溢れている。 いや、どこもかしこも、愛でギッチリ溢れているのだ。” 〜本文より〜
【こんな方におすすめ】
・自然医療に興味のある方
・悟り体験に興味のある方
・クンダリーニ覚醒に興味のある方
・スピリチュアルな浄化体験に興味のある方