スピリチュアル初心者が陥りやすい間違い

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こんにちは、シドニーのカオルです。

今日は、スピリチュアルにデビューしたての、

初心者が陥りやすい間違いについてお話します。

他人を浄化しようとする

これは、とてもありがちなのですが、

スピリチュアルに目覚めると、

外の世界を浄化しようとします。

全ては、自分の現れなので、本当は、

自分を浄化することが一番大切なのですが、

自分の嫌なものを浄化しようとするのです。

ホメオパスのAさんの場合

ホメオパスのAさんの場合。

職場には、いつもご機嫌斜めで、

意地悪な上司のBさんがいます。

Bさんは、癇癪持ちで、持病もお持ちです。

会社の上司がとても嫌な上司で、

ある日、Aさんは、こう思います。

Bさんは、嫌われ者だし、病気持ちだし、

〇〇というレメディを摂れば、

もっと楽に生きられるし、

私も苦労せずに職場で日々生活することができる。

そうだ、レメディ(波動水)を

お茶に混ぜてしまえばいいんだ!

とAさんは、苦手は上司を書き換えてしまおうとします。

はたして、これってアリなんでしょうか?

ヒーラーのYさんの場合

ヒーラYさんは、最近、

スピに目覚めヒーラを目指していらっしゃるスピ系女子。

最近、遠隔ヒーリングを学び、

片っ端から問題がある、困っていると思っている人を

遠隔で勝手にヒーリングをして、自己満足に陥っています。

これは・・どうなんでしょう?アリなんでしょうか?

何が問題なのか?

このAさんとYさん、両者の問題は・・

実は、ご自身の中に癒せていない傷があるのです。

傷とは、恐怖や、悲しみや、痛みなのです。

外の世界をみて、ジャッジ(判断)して、

ヒーリングしたり、浄化する人は、

実は、ご自身の中で癒せていない部分があるのです。

時々、困っている人や、動物を見ると、自分を犠牲にしてまで

助けたくなる方がいらっしゃいますが、

本当は、自分のことを助けて欲しいと、内面では思っているのです。

自分の浄化が大切

スピに目覚めて、変にサイキックになると、

外の世界を、変えようとするんです。

しかも、タチの悪いことに自分は正しいと思って

やってらっしゃるので・・誰にも止めようがないんです。

でも、これは、彼等のカルマ的な学びですので、

起こるべくして起こっている・・という側面は多いにあります。

ですので、何はともあれ・・

スピに目覚めたら、ご自身の浄化が一番大切になります。

Kaoru Sydney

「地平線の向こうからの訪問者」

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私達は、

途切れることにない命の躍動

留まることを知らず

いつも、

光の雫の

微細な振動に満ちている

まるで、

運動場を駆け回る

子供たちの様に

ああ、聞こえているよ、

あなたの声がくっきりと

ハッキリと聞こえている。

その輪郭までが鮮やかに、

浮かび上がる

あなたには、分かっていた、

私達の心の声が

あなたの心のドアを直接、

ノックしていたことを

トントントンと、どこからか、聞こえてくる

「私です、あなたのことを迎えに来ました」

ああ、その声は、

どこか、懐かしい、

友が遠方よりやってきた、

気の遠くなるほど、

ずーっと遠くから

「あなたは、誰ですか?」

「どこからやってきたのですか?」と

僕は、尋ねる。

「私は、その地平線のずーっと彼方の

そのまた向こうからやってきました」

はて、一体だれなのだろう?

僕は、彼が誰だか知らないが・・

なんだか、どこかで彼のことを

永遠の時の中で、彼がくるのを

待ちわびていた様な気もする

僕は、恐る、恐るドアを開けてみる

ドアノブをガチャリと回す、

古びたドアは、ギギギと鈍い音を立てる。

僕は、

地平線の向こうから、

はるばるやってきた来た

訪問者の姿を見て驚いた

なんと、彼は自分だったのだ。

地平線の彼方、

ずーっと遠くの銀河の果を無性にみたくなった。

僕は、三階の窓をあけて、

夜空を食い入る様に見つめていた。

僕は、ギョッとした。

地平線の彼方に僕を見つけたのだ。

水平線の向こう、

銀河の彼方には、

僕と同じ意識がいるのだ。

僕は驚愕のあまり、

呆然と立ち尽くした

なぜ、自分があんなところにいるのだろう?

一つの意識、

世界には、一つの意識しか存在しない

私は、あなた・・

「ハートから、自由なる外の世界へ」

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あなたは、輝ける魂をもっています。

今日は、そのことをお伝えしたく筆をとっています。

クリスタル・スカルを覚えていますか?

この人類の原型となった骨格のことです。

最初の人類はこのクリスタル・スカルから、生まれました。

人は、魂の乗り物にすぎません。

乗り物ですので、それ以上でも以下でもありませんよね。

申し遅れました、私の名前は、円卓の騎士の一人、パーシバルです。

私は人類の創世記の物語を、

魔法使いマーリンと、サンジェルマン伯爵から、学んでまいりました。

人の肉体は精緻につくられ、愛すべき生命体ですが、

ホモ・サピエンスは、創造された、生き物であるということを、

まず、理解してもらいたいと思います。

これは、人類を次のステップに進化させる為に、とても貴重な理解となります。

人のDNAは、多品種のヒューマノイド系列の宇宙人による、合成ででつくられています。

人類の進化に必要なのは、この認識になります。

地球というバイオスフィアに適合した、環境で繁殖できる生命体を研究、開発し、生まれたのが今の地球になります。

地球が魂の実験場であるという話しをどこかで、聞いたことがあるかもしれませんね?

驚くべきことに、まさに、その通りなのです。

地球は実験場であり、魂が閉じ込められやすい、構造になっているのです。

まるで、ネズミとりの様に、一度、人の身体に入ると、なかなか、抜け出せないのです。

あなたの魂は、もともと、自由を謳歌するために、存在するのですが、

壮大な宇宙のシンフォニーの中で生まれた、悪しき計画により、

数え切れないほどの、魂が地球という罠に囚われているのです。

地球には、魂が体験をしにきた・・とう話しもあるかもしれませんが、

それは、正しい表現ではありません。

誰が好んで苦しい体験をしに、地球に来るのでしょうか?

これは、概念と信念をたくみに操作した、罠なのです。

では、どの様にしてこの罠から逃れるのでしょうか?

これは、簡単です。

考えるのを辞めることです。

思考の放棄です。

マインドが止まると、ハートが動き始めます。

マインドが止まると、概念が崩れ去ります。

もはや、善悪の判断が存在しなくなります。

ですので、罠から抜ける方法は、

ただ、そこから足を踏み出すが正解になります。

罠から足を踏み出すときには、マインドが停止しています。

ハートから、自由なる外の世界へと抜け出すのですが、

その時には・・・何もありません。

何もの無いのですが、そこには、愛があります。

そこには、自由があります。生命の流れがあります。

ですので、何も考えずに、

だた、踏み出すことが大切なのです。

スターシード

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今回は、スターシードについてお話したいと思います。

スピリチュアル業界で、スターシードといえば、

プレアデス、シリウス、アークトゥルス、オリオン、アンドロメダなど

魂の起源となるソールグループがありますが、

スターシードの理解についても、

もし、血液型占いの様に、私は、プレアデスの魂だから、性格は〇〇で・・

という理解だと、

これは、ただの”情報”…でしたよね?根源とは繋がっていない

スターシードについても、真理の大海からせり上がった波としての

表現者の理屈があてはまります。

スターシードについては、

今、チラリと宇宙存在に意識を向けたのですが、

彼らのレベルは、異次元ですね。

このブログで果たして、説明できるのか…

壮大すぎて、お伝えできないかもです。

まず、宇宙には文字通り星の数ほど、

知的生命体が文明を営んでいるのですが、

私達には想像がつかないほど、

進化を遂げている魂のグループも多い様に感じます。

地球の文明のレベルと1だとすると、

宇宙由来の知的生命体の文明は、100万倍とか

先に進んでいます。

地球人からみると、神ではないか?と思う様な方々が、

ゴロゴロいらっしゃる様に視えます(汗)


ですが、ここは気を取り直して、現実的なお話に戻りましょう!

さて、もしあなたが、例えば、私のリーディングで、あなたはスターシドですよ、

と認定されても惑わされてはいけません。

まず、スターシードだからと言って、例えば山で、UFOに遭遇しないといけないのか?

UFOに誘拐されないと、いけないのか?というと、そうではありません。

そうではなくて、きちんとスターシードとしての人間社会の中での役割があるのです。

きっと私もスターシード、つまり、宇宙由来の魂の傾向が強い人、

かも・・しれませんが、私の役割は、宇宙の意識の進化を見守る(監視/ 見守る)ことであり、

地球の意識の進化を手助けすること…でもあるんですね。

この魂の特性も、実は、社会の中でもピタリと当てはまるんです。

例えば、私は、過去に某通信会社2社で勤務したことがありましたが、

どちらの会社でも、偶然なのですが、

世界中のネットワークに繋がれた通信装置を監視して、

膨大なデータを集め分析する仕事をしていました。

ノードと呼ばれる通信装置の数は、100万台を超えていました。

遠方にある装置を監視、そこからデータを転送する、という仕事は、

まるで、地球の状態を監視/見守り、本国の惑星(?)にデータを送る

スターシードとしての私の魂の特徴とピッタリなんですね。

つまり、実社会の中での役割と、とスターシードとしての目的は、

100%合致しているんですね。

分かりますか?

ですが、スピ業界では、スターシードと認定された?とたん、自分の星に帰りたい…とか、

私は、〇〇星の出身だから、性格は〇〇で・・みたいな感じに

浮世離れし、逃げのスピをやったりする様になるんです。

エンターテイメントとして、スピリチュアルをされるのであれば、

スターシードであることを血液占い程度に、考えてもらっても大丈夫だと思いますが…

ですが、スターシードの方は、確実に、人間として社会人としての役割をお持ちのはずで、

それは、スターシードつまり、あなたの宇宙由来の魂の特性と合致しているはずなんです。

スターシード、宇宙人は、エンタメ性が高い??ので、

どこまでも、浮世離れした話になるキケンがありますよね。

だから、実社会で成功することが、

スターシードとしての役割を果たすことに直結しているんですね。

ですが、浮世離れしたお話をあえてさせて頂くと、

宇宙の存在は本当に凄いです、どれだけ、地球の文明が原始的なのかよく分かります。

ずっと真理の海からせり上がってた波の話をしていますが、

この波の部分は無限に存在するミルフィーユみたいな波の層になっていて、

本当の面白いところは、このミルフィールの部分にあるんですね。

ですので、真理の海からせり上がってた波の話の表現は、めっちゃ雑なんですよ。

例えると、アクセルを踏むと車が前に進みますと、

説明しているだけで、エンジンの仕組みのお話はしてないんですね。

そう考えると、アトランティスの文明も凄かったんですね〜

早く帰りたい〜(笑)

何もないけど全てある、それは慈愛でありあなたそのもの

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”冗談だろう? 人生って、ジョークだったのか? 

あまりの可笑しさに、僕は笑いが込み上げてきた。

僕たちは、人生というドラマの傍観者だったのだ。

でも、そこには愛が満ち溢れている。

いや、どこもかしこも、愛でギッチリ溢れているのだ。” 
〜本文より〜

ホメオパシーでスピリチュアルに覚醒した私

さて、ここまで、”真理の波の現れの私達”

というお話をしてきました。

宮古島の話は、まだ、続くのですが、

その前に、この”真理の波の現れの私達”ですが、

この真理って、慈愛のことだったりするんですね。

恋愛の愛ではなく、普遍的な慈愛のことです。

色即是空って、仏教用語だし、難しい感じがしますが、

慈愛がベースにあるんですね。

その辺りをちょっと、お話しますね。

最終的に、宮古島の神のお話に繋がる予定です・・

キーワード:空(くう)、慈愛

まず、この世界の土台/基礎は、空(くう)と呼ばれている、

何もない空間です。

ボイド(VOID)とも呼ばれます。(ゼロ磁場とは異なります)

つまり、漆黒の闇です。いま、この瞬間もこの暗闇は存在します。

本気で、暗闇なので何もありません。

ちなみに、自分の意識が向けられていないモノと人は、

いま、存在しません。

例えば、野外にいる時は、自宅は存在しないんです。

あなたが自宅を意識したときに、

漆黒の闇からシュワシュワと、自宅が現れます。

嘘みたいな話ですが、本当です。

70億分の1秒のスピードで、

あなたの無意識が世界を自動的に創るので、

わからないんですよね。

ですが、この漆黒の闇、つまり、空(くう)とは、

慈愛そのものであったりします。

でも、対象としての慈愛ではなく、

あなたを含めた全てが慈愛だということです。

このお話の難しいとこは、

言葉で説明すると”対象”が生まれてしまうことにあります。

あなたが何かを理解しようとする時には、

自分以外の何かを想像して理解しようと努力しますよね?

でも、慈愛とは、対象ではないのです。

慈愛とは、あなたを含めた世界が、既に慈愛だと言っているのですね。

ですから、理解しようと努めた瞬間に、

”私”と”私以外”の分離が生まれて、

慈愛から離れてしまうんです。

ですから、慈愛は探してもどこに存在しないんです。

なぜかというと、自分が既に含まれているからなんです。

慈愛を探すとは、

まるで、自分がかけているメガネを探す様な感じなんです。

漆黒の闇にも、何もないので、対象物が存在しないんです。

違う観点から説明すると、”私”しかいないのですが、

この”私”とは、宇宙にひとつしか存在しない

”私”(ワンネス)なので、まだ分離する前の私達なんですね。

この唯一の私を、”真我”と呼んでいます。

色即是空とは、森羅万象は、全てここにあって、

それは、何もない空間から生まれている、

という認識が、起こることです。

ですが、その時認識するのは、小さな私ではなく、

ワンネスの私(私達)です。

禅の僧侶は、70年坐禅を組んで、

色即是空の片鱗を目の当たりにします。

私達は、同じ一本の樹にくっついている、一枚一枚の葉だという

話を聞いたことはありませんか?

私達が生まれてくると、個人という肉体にはいり、名前が付けられ、

社会に出て、アイデンティティが生まれてしまうので、

自分たちが一本の樹木だということを忘れてしまうんですね。

ここまで、強引にビジュアルにすると、

世界の基礎の部分が空(くう)で、

空からほんの少し上がった場所に、慈愛が浮かんでいる感じです。

ひな祭りの菱餅みたいな絵ですね。

慈愛とは、感情の愛とは違うので、

勘違いしないようにするのが大切です。

ここでの慈愛は、観音様の慈悲みたいな感じですね。

観音様の慈愛/慈悲に触れると、私達は、ただ、ひれ伏すしかない

状態になるんです。それだけ、慈愛パワーは凄いんです。

恋愛の愛とは、ずいぶんと違いますよね?

”いまここ”という言葉もありますが、

いまここのゾーンに入ると、世界が輝いて見え、

私というものは、小さな自分だけではなく、

いつも遥かに大きな存在と一緒にいる、

という感覚が湧き上がってきます。

スピリチュアルには、

非二元論/ノンデュアリティのという分野があります。

ノンデュアリティでは、

すべては、いまここ、この瞬間にあるので、いつも完璧です。

もしくは、”私”は、概念であって、

”私”は、初めから存在しなかった…という説明になります。

これも、いま”ここ”、という観点からみると、真理だと思います。

いま”ここ”のゾーンは、慈愛に近いので、心地良いのですが、

いま”ここ”の世界を垣間見たとしても、

人として自分の魂の癒やしが終わっているのか?

といとそれは、また別の問題です。

さて、あなたを含め、世界はどっちに転んでも、

慈愛で出来ているいて、

その慈愛というセーフティネットが、

いつもあるという、お話でした。

ですので、 ”慈愛の波がせり上がってうまれた言葉、私達”…

でもOKなんですね。

真理から分離した私達とは、慈愛から分離してしまった私達だとも言えます。

本当は、分離していないのですが、言葉を情報として理解する様になり、

左脳偏重の社会になってしまったので、

真理である、または、私達の本質である、

慈愛から離れてしまった様の勘違いしてい生きる様になったのです。

このブログを書きながらも、色々と疑問が湧いてきます。

例えば、神様はどこにいるんだ?とかです、神さまとは、自分じゃなかったか?とかです。

さて、一体、どこに存在するのでしょうね。続く・・

宮古島(7)レムリアへの回帰と復活

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真理の海の波からせり上がって生まれた…お話をずっとしています。

身近な例でお話すると、その地方特有の特産物とか、伝統工芸品も

同じことなんですね。

民芸には詳しくないですが、地域性とかあれば、そうかもですね。

その土地の水、気候、人から特産物や、その地域特有の文化や伝統が

生まれてくるので、これも、土地特有のエネルギーの上に育ったのが、

ネギや、大根や、お米や、日本酒は、真理の波からせり上がって

生まれた食べ物なんですね。

でも、今の社会では、大型スーパーや、

コンビニが地域に進出しているので、

地方の個性が消えてしまいましたよね?

これは、地との繋がりを絶って、

情報と効率化で社会を作ってしまった結果なんですね。

・真理の大海がせり上がり生まれた波の雫である、地方特産物

・情報、効率化の中で生まれた、大型スーパ、コンビニ、画一化

こんな、感じですね。

これと同じことは、個人の中でも起こっていますよね?

例えば、真理の大海がせり上がり生まれた波の表現者である、

あなたは、本当はミュージシャンの魂だけど、家族はみんな医者なので、

不本意ながら医者になりました。とかです。

不思議ですが、宮古島の話と、

レムリアと、日常生活と、個人で起きていることは

全部繋がっているんですね。

世界はパターンと波で出来ているんでしたよね?

真理の大海がせり上がり生まれた波って、

いろんなパターン(幾何学模様)の、

るつぼの様になってるんです。

ですので、レムリアへの回帰とは、一極集中から地方への回帰、

画一性から、個性へ、

真理の大海がせり上がり生まれた波の表現者とは、

自分らしさの探求なんですね。

どうでしょう?繋がってきましたでしょうか?

裏側の世界では、レムリアの大陸は目覚め、再浮上するのですが、

物質世界では、自分らしさの復権だったり、

地方への回帰だったり、中央集権から、地方分散だったりするんですね。

中央集権もひとつのパターン(幾何学模様)で、

地方分散もひとつのパターン(幾何学模様)なんですね。

繰り返しですが、裏の世界のエネルギ−が先に動いて、

現実の世界が変わるんでしたよね?

ですので、裏の世界でレムリア的なエネルギーが生まれると

徐々に物質世界もレムリア的に変化を始めるんですね。

そんな、こんなで、今年の6月に

京都の街をぶらりと、エネルギーをたどりながら歩いていると、

本山佛光寺というお寺の境内にたどりつきました。

境内の中に珍しく、お店と食堂があって、お店に入ると、

伝統工芸品や、本や、センスの良いものが並んでいたんですよ。

お店のコンセプトは、デサインをしないデザイン会社、

地方の工芸品や特産物を大切にしたお店だったんです。

6月の私の旅のテーマと、ピッタリと合致したコンセプトでしたので、

お店の方の説明を聞いて、すぐに意味が分かりました。

いい感じの方が、働かれていらっしゃいます。

D&DEPARTMENTという会社です。

京都にお住まいの方、おすすめですよ。

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宮古島(6)怒れる神と龍の対話

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・・ということで、宮古島の島案内をしてくださる

Aさんと、6月1日の午後1時に空港で待ち合わせ。

6月といえば、梅雨時なのであいにくの雨

とはいえ、私の龍は雨降りの龍なので、ピッタリなのでしょう。

ちなみに、私の龍は、雷と嵐なので、

私の龍が、どこからか連れてくるお友達は、

雷神、天狗、烏天狗、八大龍王、それから、時々、どこかの魔王です。

破魔の魔王らしいです。そられから、どこかの荒神様?

いつも、錚々たる顔ぶれで、ホントかよ・・みたいな、感じで

やっております。

優しい白龍さんと一緒〜、

みたいな方もいらっしゃいますが…

私の龍は、真逆です。

陰陽師の龍ですので、雷鳴と伴にやってくる龍です。

お寺に飾られている龍の屏風、

木彫りの彫刻の龍の顔って、荒々しいですもんね。

やぱり、もともと、龍は荒々しいのではないでしょうか?

さて、Aさんの車で宮古島を案内して下さることになりました。

宮古島の最初に印象は、もしかして、同じ南国のシドニーに似ているかも?

と思ったのですが、土地のエネルギーが全然違いました。

後で話ますが、島全体が真我の現れである唯一の神によって守られています。

島全体を覆い尽くす神様エネルギーが凄いんですよね。

Aさんは運転しながら、宮古島には沢山、龍のスポットがあって、

原初の龍?一番最初に龍が降り立った場所とか、

龍の目をした池とか、沢山あるのだと

教えてくれました。

知識が情報になってしまうのが嫌で、宮古島のことは勉強しないで来たんですね、

あくまでも、島のエネルギーに触れて、そこから学ぼう、みたいな感じです。

御嶽のことも予備知識はなく、女性のシャーマン? ユタの人達だけが入ることが

許されている、と教えてくれました。

ちなみに、初日の宮古島の夜はとっても怖かったです。

ホテルの外に意識を向けると、いままで、見たことのない存在達が

夜中に徘徊しているのが分かりました!

京都で遭遇する妖怪って、お馴染みですよね?

龍、狐、烏天狗とか、唐傘とか、頭だけの妖怪とか、虎とか、鵺とか、

みんな仲間、みたいな感じですが、

宮古島の真夜中に徘徊している存在は、

馴染がないので、私には正体不明で

未知の存在に思えて、眠れませんでした。

ちなみに、キムジナーって宮古島に住んでいるらしいですよね。

偶然にシドニーで知り合った、Dさんですが、さすが、宮古島出身だけあって、

目に見えない存在への理解度がめっちゃ高いんですね。

いつも、私は目に見えない存在と一緒に日本再生みたいな、話をしていますが、

そりゃそうだよね。みたいな、感じです。

ずっと、私達は真理の海の現れの存在です…と話していますが、Dさんにとっては、

それ常識だよね。みたいな感じです。(笑)

キムジナーの話に戻ると、Dさんと同郷の友人が

本土?に引っ越した時、キムジナーも一緒についてきたみたいで、

仕事を終えて家に帰宅すると、部屋の電気を消していたはずなのに、

ちゃんと明かりをつけて、帰りを待ってくれているそうです。

よくできた、キムジナーですね。

シドニーに戻ってから、宮古島の話をロビンさんにすると、

あ、レムリアね。聴こえたわよ、と言っていたので、

宮古島はレムリア大陸の…レムリア時代の名残を持ったまま、

今でもこの世界を支えている、聖なる地域の一つ…みたいです。

今、チャネリングした情報です。

宮古島は、やっぱり、特別な場所、神聖なる土地で、

本来であれば、何者もよせ付けず、清らかなまま保たれなければ

ならない地の様です。色々な願いが込められている様です。

願いの一つは、再生と復活になります。

レムリアの復活を目指したときに、軸となるのが、宮古島になります。

まだ、島には眠っている、知恵?叡智があるらしく、これを

再び復活させるのが鍵となります。

(これも、チャネリングです)

さて、Aさんの運転する車の助手席に乗らせて頂き、

宮古島めぐりが始まりました。

ここから、どの様に説明すれば良いのでしょうか?

そうだ、思い出しました。

宮古島の土地のエネルギーがものすごくて、

私の体が次第にビリビリと痺れてきます、

で、途中から私の大絶叫が始まります。

「ウオー」って、大絶叫なのですが、

延々と絶叫するんですね。

この絶叫は、久しぶりでした。3年ぶりでしょうか?

私の本、「ホメオパシーで覚醒した私」を読んで下さった方なら、

絶叫シーンを覚えていらっしゃるかもしれませんね。

隣でハンドルを握っているAさんですが、

これまたよく出来た女性で、

驚いた様子全然ないんです。

私は、自分の浄化の中で、よく絶叫していましたが、

ようやく、大絶叫で現れるのは、龍だということが分かりました。

ずっと、侍でも憑いているのだろう?と思っていましたが

超巨大な龍だったのですね。

ですが…ちょっと待ってください、

龍という言葉が適切でない、とお叱りを受けております。

真理の大海の現れとしての龍だそうです。

ある時は、龍の姿で現れ、

また、またある時は、人の姿に変化して現れ、

神と名乗る存在…

我、唯一の真我の現れである…

・・・

・・だそうです。

龍は、言葉であって本質ではないと、言いたいみたいです。

もしかすると、龍とは真我の現れとしての”真の心”を意味している…

と、言ってます。

さて、私は絶叫すると、次第に意識が変性状態?

トランス状態にシフトするんですね。

変性状態の意識は、右脳の動きが活発になるので、

思考よりも感覚が優勢になるんです。

ちなみに、大絶叫のエネルギーは、大量の氣エネルギーなので、

絶叫の後は、爽快感とエネルギーが満ちている感じがあります。

…今、おもえば、島を覆い尽くしている、

唯一の神の怒りを聞いていた様に感じます。

宮古島って、今リゾート化してますよね?

土地の値段がバブル状態ですよね。

ずーと、大海の現れの私達のお話をしていますが、

物質世界でこの大海にあたるのが、母なる地球であり、大地なんですね。

ですから、土地に値段がつけられて、売買されて、切り売りするなんて、

あり得ないんです。

そうです、思い出しました。

・・・とある、海岸にある御嶽につれていってもらったのですが、

御嶽の奥から発せられるエネルギーが物凄かったのですが、

私は、浜辺に降り立つと、

大絶叫で、ウリウリ!!(雷ゴロゴロの意味)と叫び、

陰陽師の結界の様な、呪文が勝手に声としてでてくるので、

絶叫の中で唱え…て、おりました。

冷静に説明すると、

この人、何やってるんだろう?みたいな、感じですが、

龍の絶叫って、行者の法螺貝にも似ているんですよね。

裏側の世界に入っていく時に、

法螺貝や龍の唸り声を使って、繋がっていくみたいなんです。

2024年6月の宮古島の私は、終始絶叫だったのですが、

2025年6月の宮古島の私は、絶叫から、歌に変わったんです。

大絶叫のまま歌います。(やっぱり絶叫ね)

2024年6月の怒れる宮古島の唯一の神からのメッセージは、

そもそも宮古島は、神々の島で、その島の一部を

人との合意の元に、遠い昔ほんの一部を

間借りさせてあげた…だけなのだ。

それなのに、自然を破壊し、島を破壊し、どういうことだ?!

これが、怒れる神からのメッセージでした。

Aさんは、島を一周させる道路の工事が途中で頓挫したのは、

神の祟りが原因みたいだ、と教えて下さいました。

とにかく、私は宮古島に入ると、龍が活性化して、

凄いことになります。

今年は、絶叫が歌へと進化し、土地の浄化をする様になりました。

ずーっと、真理の大海の波がせり上がって、

生まれた言葉という話をしていますが、実は、歌もそうなんですね。

その歌が、真理の大海の波からやってきているのであれば、

動かす力を秘めているので、浄化にもなるんですね。

つまり、先住民と呼ばれている人々、

ネイティブ・インディアンの踊り、歌、アボリジニのディジュリドゥ(楽器)も、

真理の大海からの現れの歌であり、

音楽であり、踊りなので、

真理と繋がっている歌は世界を変えるほどの力を持っているです。

拙書「カムイの歌が聴こえる時」の中で、

女の子が歌をうたい、村を救うお話を書きましたが、

まさに、真理と繋がり世界を変容させることなんですね。

過去記事でお話したとおり、

裏の世界が先に動いて、現実が変化するんでしたね?

つまり、真理の大海からの現れである歌には、

一筋の光が通っているので、

現実の世界を変容させる力を持っているんです。

まるで、ジブリの映画のお話みたいですが、情報として理解するのか?

それとも、真理の大海からせりあがった波として、表現するのか?

ここに、大きな違いがあるんですね。

「カムイの歌が聴こえる時」からの抜粋

カムイの女は、長老に手をひかれ、祭壇の前に立つと、

静寂の中から、奏でる歌の様に、祈りを捧げた。

”私の行為は、神への捧げもの、

神の現れの存在として、この土地に生まれ、育った

神を愛しています

生きとし生けるもの全てを、

自分の兄弟の様に愛す、

純粋な光で、

たとえ、私の身に何が起きようとも、

穢れなき、輝ける命として、

生き続ける

私達には、恐れなどなく

恐怖もなく

悲しみなど・・ない

真の存在です、

満ちた存在なのです、

足らないものなどありません。

いつも、唯一の神、

根源の神、

名の無き神と一緒に生きている

それは、慈愛

それは、愛

何が起ころうとも、

真理は、変わらない

カムイの女は、心から祈りを捧げた

アイヌの人々は、彼女の歌声を、

全身全霊で受け止め聴いていた。

すると、

神の化身であるアイヌの守り神であるカムイ、

精霊であるカムイの子どもたちである、

アイヌの勇者、

女性、子ども、

村人たちの体の表面が、

うっすらと、虹色へと輝き始めた。

次第に、空全体が紫色を帯びてきた。

大きなシャボン玉が、空を舞っている。

沢山の架け橋の様な大きな、虹がいつくも現れ、

まるで、村がすっぽりとオーロラに覆われてしまったかの様だった。

川岸では、和人達の驚きの声が上がった。

彼等の武器である、火縄銃がぐにゃりと、泥の様に溶けはじめた。

白龍が上空を旋回している。

精霊であるカムイは、ぐーんと広がり、

森と大地と一体になった。

純粋でないものは、変容できぬ

恐怖のあるもは、たどり着くことはできぬ、

怒りのあるもは、それを脱ぎ去らなければならぬ、

あなたの手にもっているもの、

その欲望を

全て焼き尽くすことで、

あなたは、天界への切符を手に入れることができる

あなたは、純粋ですか?

あなたは、子どもに様に無邪気ですか?

あなたは、素直ですか?

あなたには、私達の声は聴こえますか?

あなたは、繊細で、純粋で、無垢な光の存在です。

そのことは、いまでも、変わったことはないのですよ。

何を恐れているのですか?

あなたは、何を感じていますか?

あなたの手のひらをみて、そこに命を感じますか?

周囲を見回して、ごらんなさい、

普段の景色が、いつもと違ってみませんか?

家族、友人、両親、会社の同僚、

彼等との他愛のない会話のなかに、愛を感じませんか?

あなたは、いつも、愛されていたのです。

あなたは、私達のもとを離れたことは、

片時もなかったのです。

私達の声が聴こえますか?

この永遠の静寂の中から、静かなる宇宙の鼓動を感じませんか?

これは、私とあなたとの記憶であり、懐かしい故郷なのです。

カムイの歌は、

世界を変容させた、

あなたの記憶を蘇らせた。

この蝦夷の土地を愛し、自然と調和の中でアイヌの人々は、生きていた、

数万を超えるアイヌの人々は、

誰一人として、傷もつくこともなく、

戦うこともなく、憂うことなく、

平和の中で

今でも蝦夷の土地に、皆と一緒に暮らしている。

虹色の肉体を身にまとった

アイヌの人々は、光り輝く世界へと転生し

いま、アセンションを遂げた。

宇宙はあなたを通して、何を表現したいですか?

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このブログで文書を綴っていると、

色んなことが、パチリとはまり全体像が見えて来る様な

感じがします。

私のメッセージは、昔から〇〇の方法とか、

ライオンズゲートの過ごし方とか

ハウツーでは無いとお伝えしています。

なぜなら、ハウツーは、知識であって叡智ではないからです。

叡智は、真理の海から波がせり上がって生まれるんでしたよね?

もし、私が、

満月の日には、自分が心から、やりたいと思うことをやってださい

新月の日には、自分が心から、やりたいと思うことをやってください

毎日、自分の好きなことをしても良いんですよ。

とお伝えしたら、これは叡智だと思います。

なぜなら、自分が心から好きなことは、内側から湧き上がってくるからです。

真理の波があなたの内側から湧き上がっているのと同じです。

でも、新月の日には、新しいことを始めましょう!

…とネットで調べた情報をもとに

行動するのは、情報に基づいた行動であり、

自分の内側から湧き上がった行動ではないので、

叡智ではないんですね。

バシャールがワクワクを大切にするのが良いと言うのは、

ワクワクは自分の内側、

つまり、真理とは自分の内側といつも直結しているので、

その波がせり上がってうまれた、ワクワクを

大切にしているからだと思います。

 静寂ー>真理ー>

 ー>真理の波の揺らぎー>自分の中のワクワクー>

 ー>その結果、自分らしく生きるいきている

こんな、感じですね。

随分と昔に、

「宇宙はあなたを通して、何を表現したいですか?」

という質問を皆様にしましたが、覚えていますか?

これもつまり、真理の現れの波がせり上がって生まれたあなたが

何を表現したいのか?という意味なのです。

真理の大海からせり上がった波から生まれた私達が表現すると、

そこに一筋の光の様なもの通るんですね。

これは以前にお話した、この(以下)のお話と同じなんですよ。

悟りとは、一言で説明すると、

自我を持ちながらも、

同時に、自分が神様だと気がつくことなのです。

自我を持ちながらも、

華道、茶道、弓道、武道の中に

美(完全なる美宇宙の調和)を感じることができれば、

これは、文化的であり、知的であり、

自然と一体になった悟りです。

自我を持ちながらも、

草花の中に美(完全なる美宇宙の調和)を見出すことができれば、

これは、自然と一体となった悟りです。

簡単にまとめると、楽しく毎日生きてくださいね、

という結論になるのですが、

そこに、いまお話している叡智があるのだということ、

そこには宇宙の真理という軸があるのだ、

ということを理解しておかなければ、

”毎日、楽しく生きることが”、たんなる情報になってしまい、

叡智から生まれた言葉ではなく、

キラスピ?でしたか?・・・だったり、

引き寄せ難民?で終わってしまうんですね。

また、難しいお話になってしましたが、

私はこれを表現したいので、表現しております。

もし私が、内なる宇宙の現れとして表現しているのであれば、

きっと何か響くものがあるのでは、ないでしょうか?

では!

拙書:「神社に行こう!あなたの龍を癒やし、日本を再生: ミラクル龍神繋ぎ」 

ポンと世界が現れる

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”現れ”というお話は、とても大切なので続けますね。

前回の記事で、世界はポンと現れるという話をしましたが、

これは、本質と繋がるとても大切な点だと思います。

この世界がポンと現れるという感覚ですが、

例えば、外の景色を眺めたときに、風景は順番には現れないですよね?

最初に雲が見えて、空がみえて、ビルが見えて、人が見えるとかの

順番には風景を眺めてはいないですよね?

全てが一瞬で視えているはずなんですよ。

瞑想の話とも繋がってくるのですが、

私達は、一瞬で眼の前に現れる風景を眺め、

何かにフォーカスした時に、判断(善悪)、識別、理解がやってくるんですね。

たとえば、雲をみて「あ、この雲の形龍に似ているな・・」とかです。

本当は外の世界は、ポンと全てが一瞬で現れているのですが、

フォーカスした瞬間に、思考が、識別、判断を始めるんですね。

”あるがままを見る”という言葉もありますが、あるがままとは、

ポンと世界が現れた一瞬をそのまま視るという意味です。

根源の現れの波がせり上がって、生まれた一瞬の世界が、現れの世界で、

叡智そのままなんです。

叡智の意味がそもそも分からんと思いますが、

根源からの現は全て叡智になります。

例えば、(正しい)日本語は叡智の塊ですが、

業務マニュアルは、知識ですが叡智ではありません。

ですが、業務マニュアルも極めると”道”ですので、

叡智になる場合もあります(笑)

実話なのですが・・・とある、賢者の方は、

一瞬で失われてた古代のヨガの技法をダウンロードして、

一冊の本を書き上げたことがあるんです。

なんて不思議な?!

・・・と思ってしまうかもしれませんが、目の前に広がる風景が、

ポンと一瞬で現れるように、本1冊分の叡智も、一瞬でポンと現れるものなんですね。

逆に頭の中で、AだからB、BだからCの様に仕事で使っている思考は、

現れとは切り離なされているので、知識であっても、叡智ではないんです。

分かりますか?

ですが、高度な科学の法則に触れる人、例えば、論理物理学者とは、数学者は、論理的な思考を使っていますが、数学は、現れの根底にある基礎の部分なので、実は、彼らも現れとして表現しているんです。

自然と数学は、全く別の様の思われるかもしれませんが、

根源から真理の波がせり上がってくる時の波の中には、色んな形が混ざっていて

その形は、神聖幾何学として表現されます。幾何学模様は数式で表すことができますよね?ですから、自然と数学は一体なんです。

雪の結晶を顕微鏡で覗くと、いろんな模様になっていますが、それと同じです。

根源の波は、色んな種類の雪の結晶が混ざった、スープになっているんです。

ちなみに、根源のスープから、形が生まれるキッカケは、

私達の意識が、対象物に向けられた瞬間になります。

これを量子力学では、波動関数の収縮と呼んでいる様です。

深いところでは、自分は知っている…という表現もありますが、

世界はいつも根源との繋がりと保ったまま、

ポンと現れているので、深いところでは、

みんな自分のことを良く知っているはずなんですね。

迷った時は、自分の体に聞けば良いです…と昔お話しましたが、

人の体は、自然の現れと直結しているので、

体が喜んでいれば、良い選択で、

体が拒否していれば、適切な判断ではないかもですね。

ずっと、情報としての言葉

それから、根源の現れの言葉という話をしていますが、

人についても同じで

・情報としての”あなた”として、生きるのか?

・根源の現れとしたの”あなた”として、生きるのか?

この2つがあるのだと思います。

後者は、レムリアであり、叡智であり、

新しい国造りであり、現れの文化(道)であり、悟りなんです。

前者は、支配であり、常識であり、分離なんです、

これはアトランティスの名残になります。

さて、とてもレベルの高いお話になってしましたが、

このお話は、叡智ですね。

360度、私の話が理解できる人は、皆無ですので、ご安心くださいませ。

昔から、叡智、叡智とお話していますが、

叡智とな何なのか?

なんとなく、分かってくださいましたでしょうか…?

では、

宮古島(4)魔法使いの復活

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さて、今日も脱線しながら、宮古島の話を続けましょう。

九頭竜大社で、雷(らい)と風(びょう)という言葉が

真理の大海から波としてせり上がってきた、というお話をしました。

この出来事があって、やっぱ宮古島へ行くか!となりました。

宮古島に意識を向けると、心が喜ぶ、みたいな感じでしたね。

そういえば、シドニーを立つ前に、ロビンさんから、

今回の日本での旅の中で、自分がどんな存在と一緒にいるのか

ハッキリとわかるわよ〜

それから、エネルギーの動きをよく見て、目的地を決めてね〜

とアドバイスを貰いました。

ホテルに戻り、宮古島に行く方法について考えを巡らせます。

うちの龍さんの意向では、6月1日に必ず宮古島へ行け!

みたいな、感じだったので、

念の為と思い、事前に少し下調べをしてきたんですね。

だって、人生の中で、宮古島に行こうかな?とか考えたことは

一度もなかったからですね。

6月1日に宮古島の飛行場に到着したとして、どうするの?!

みたいな疑問がありました。

それで、”宮古島”、”スピリチュアル”で検索した時に、見つけたのが⋯

…とここまで、書いていて思ったのですが、

今日お伝えしたい話は別のところにある様です。

我ありて、在るものなり…というお話をいつもしています。

我ありて、在るものとは、名前の無い唯一の存在という意味です。

私達の本質であり、核心の近い部分です。

南西諸島には、この名の無き神が姿を現す、場所が点在している様です

それは、御嶽に守られていて、大地のうねりと伴に姿を現します。

ですので、天地が揺らぐことは避けられないのですが、

新しい命を育む為には必要な様です。

全体の現れの話をいつもしていますが、

全体の現れは、根源からやってくるので、

膨大なエネルギーを秘めています。

私達は、その膨大なエネルギーを雫を貰い、いま、生きているのです。

現れの力は、山を砕き、

島を生み出すほどの、創造のエネルギーを持っていて、

それは、原初の”生み出す力”と同じものです。

人間が本質(自然)から切り離されて、生き続ける限り、

創造のエネルギーが、天と地を揺るがす、出来事は続くのだと思います。

ですが、天と地の揺らぎとは、新しい世界の創造ですので、

今度、新しい世界をつくるときには、

現れとして創造することが大切です。

この変化は、

地球、国、地域、家族、個人、あなた…の中で起こります。

ですので、現れとして「新しい国」を創造をすることは大切です。

新しい国とは、

新しいあなたでもあり、

新しい家族でもよく

新しい地域でも、文化でも良いわけです。

創造的であるということは、大地と繋がり、

表現者で有り続けることです。

もし、あなたの考えが、古い美徳からやってきているのであれば、

それは、長くは続かないでしょう。

でも、あなたのインスピレーションが地と繋がっているのであれば、

現れとして表現されているのならば、

それは、真に、「新しい国造り」になります。

神々のエネルギーとは、創造の光のスパークであり、

あなたの中に宿り続ける、

輝ける命そのものなのです。

私達、神々は、あなたに、その創造の源であり、光をスパーク(輝き)を

あなたに届けた、

あとは、あなたが、それをどの様に使い、表現するのか?

である。

新しい国造りとは、自分の中心から始まり、外へと放射されてゆく。

古(いにしえ)の輝きを持つ者もの達と役割とは、

まさに、その事を指している。

だから、在ることが大切なのだ。

中心の無い軸は、ガタガタと回転し、前進することは難しく、

中心の無い軸には、土台となる文化の様なものがあり

中心の無い軸を持つものは、私の顔を見ることはない。

さて、宮古島の話に戻りますが、

なるほど…この物語も、根源の現れとして

エネルギーとして、綴る必要がある…ので、

曼荼羅の様な、ステンドグラスの様な、

文章になるのが正解の様です。

なぜなら、現れには、時間という概念が無いからです。

神様は一瞬にして、この世界を作りました。

そこには、順番の様なものがなく、

優先順位もなく、一瞬にして、ポンと生まれたんです。

ですので、消えるときも、ポンと消えます。

一見、バラバラで、混沌とした世界だと思える、

出来事も裏の世界では、整然と秩序を保たれた、

シグナル、聖幾何学として、表現されています。

宮古島のお話から大幅に脱線ですが、

エッセンス(大事な部分)だけ、お届けしてね…ということみたいです。

その理由ですが、私が宮古島で体験した不思議な出来事をお話すると、

みんな、奇跡体験の方に、注目してしまうんですね。

でも、本当に大切なのは、根源との繋がりの方なのだと思います。

このお話も、やっぱり、言葉を単なる情報として、

理解して、そのまま人生を終えるのか?

それとも、全体の現れの言葉として、操れる様になり、

真(まこと)の意味での、

魔法使いに戻れるのか?の大切なお話ですね。

響く人には、響くかもです。

では!

P.S. 私の文章で、抽象度の高い部分は、波動が高いので、感じる様に読んで頂ければOKです。

抽象度が上がると、波動が高くなるんですね。
行間を読むという言葉がありますが、

本当に大切なことは文字として起こせないんです。