“これは、僕のカルマの物語である”
「プロローグ」
2020年11月、僕は、大阪の街にいた。
その年は、パンデミックの真っ最中で
世界中でロックダウンが始まり、
国境が封鎖されている時期だった。
僕が家族の反対を押し切り、日本にやってきたのは、
世界的に著名な米国人の瞑想の先生がここで、
キリストや、ブッタの素晴らしい教えを説いていたからだ。
「お前は、全然分かっちゃいない!」
先生のジョンは、椅子から立ち上がり、
火のついた様に怒りはじめた。
普段はとても温和で生徒に、慈愛の教えを説いている先生なのに、
一体どうしたのだろう?・・と僕は、動揺した。
「でも・・このマントラは、不自然じゃないですか?」
「生徒のカルマを歪ませていますよね?」と
僕は、反論したが、先生の動かしてる膨大な宇宙のエネルギーに圧倒され、
両足がガクガクと小刻みに震え力が入らない。
「これは、神の願望だ、宇宙からのギフトだぞ!」とジョンは続けた。
先生は、両腕を大きく広げ、不快感をあらわにした。
怒っている先生の顔を見てギョッとした。
顔つきが、どんどん変化を始めたのだ。
とても、人間だとは思えない。
僕は、思わず後ずさりした。
“なぜ、お前がこんなところにいるんだ…”
僕の心臓は凍りついた。
「始まり」
1980年代後半、僕はアメリカの片田舎に住んでいた。
16歳の頃、僕の部屋の壁には大きな地球のポスターが貼ってあった。
アポロ11号の母船から撮影した地球は、
漆黒の闇に青く輝くダイヤモンドに様に
くっきりと浮かび上がっていた。
ポスターを眺めていると、何だか、
太古の記憶が蘇ってくる様な気がした。
懐かしい遠い昔の記憶だ。
いったい僕は、
どんな魂の記憶を宇宙の彼方に置き忘れてきたのだろう?
輝ける魂をもった勇者達よ、地上へ旅立つ時がやってきた…と
マーリンの声が、僕の耳元で声が聞こえる。
「曼荼羅」
曼荼羅の中に織りなす物語が宇宙に生まれた。
あまりにも完璧で崩してしまうのはもったいないと、
神々はため息をついた。
ヒマラヤの麓にある寺院で、
一人のチベットの僧侶が、色彩鮮やかな砂を使い
壮大な曼荼羅を寺院の床に描いている。
彼は体を前後に小刻みに揺らし、
マントラを唱え、祈りながら、
一心不乱に物語を描いている。
彼の脳裏には、全ての物語が見えていたのだろうか?
千年ほど前のこと、
まだ世界の空気が澄み切っていた時代、
チベットの山脈からは、世界のブループリントを容易に
見渡すことが出来た。
僧侶は、無限と有限の間から生まれる世界を、
ありのままに、描く様にと命じられた。
だが、世界は変化に満ちており、
どの様に表現すれば良いのか…戸惑った。
世界の美しさと儚さを大切にするために、彼は砂を使った。
彼が寺院にこもってから、はや30日が過ぎようとしていた。
寺院の床には、10m四方はある巨大な曼荼羅が描かれていた。
やれ、やれ、と僧侶は思った。
ほっとした瞬間、
バタンと、不意に入り口の扉が開き、
旋風がぴゅうと部屋の中に流れ込んだ。
壮大な曼荼羅は、波にさらわれるかの様に、さらさらと崩れ去り、
人生というカルマの物語が、始まった。
*
僕の瞑想の先生ジョンは、お気に入りのBMWのハンドルを握り、
バンコックの街中を滑るように走っていた。
助手席の窓からは、パスタをフォークでグルグルと
無造作に巻き取られた様な、電柱がいたるところに立っている。
電線の重みで電柱が折れてしまうのではないか…と思うほどだ。
車は渋滞につかまり、ノロノロとしか進まなくなった。
ジョンは、ふと空に視線をやり僕に言った。
「ああ、それからカオル・・」
「これから先、何が起こったとしても、君のせいじゃないからね」とジョン。
「オーケイ、ああ、分かったよ」と僕は答えた。
一体どんな意味なのだろう?
僕は一抹の不安を感じた。
数年後、まさかこんな結末が待っているなんて、
当時の僕には想像も出来なかった。
「チェンマイへ」
2018年9月、
僕は、タイのスワンナプーム国際空港にいた。
あまりにも、複雑で、たくさんの偶然が重なり合っていたので
どの様にして、僕がここに辿り着いたのかは、
今となっては、記憶は曖昧だ。
でも、思い起こすと、今まで体験してきたことは
儚く消え去る蜃気楼のように、
一瞬の出来事にも思える。
なぜ、僕はそれほどまで、タイに魅了されていたのだろう?
もしかしたら、チェンマイに行けば、
ババジに出会えるのでは?と
どこかで、思っていたのかもしれない。
米国人である僕の瞑想の先生ジョンは、
当時チェンマイに住んでいた。
外見は白人だけど、心はアジア人だと言った。
だから、米国人の友人と話をしても、
気が合わないと教えてくれた。
それを聞いて、僕はなんだか安心した。
先生は、子供の頃からサンスクリットの
文献をスラスラと読むことが出来た。
僧侶としての過去生の中で、
サンスクリットの文献を読み込んでいた時があり、
その記憶を持って生まれたのだと教えてくれた。
過去生の記憶があることは、とても自然なことだと彼は言った。
ジョンは10代の頃から世界的に有名な瞑想のグルのもとで、
修行を積んでいた。
長時間に及ぶ瞑想の修行を経て、
30代の半ばには、悟りに境地に到達していた。
悟りを開くと、
一瞬で全宇宙の生命活動を見渡すことが出来ると言う。
アフリカのジャングルにある大きな樹木の蜜に群があるアリの一群から、
ニューヨークのウオール街で、足を小刻みに揺らしながら、
モニターに映し出された相場のチャートを凝視しているトレーダーまで、
まるで、水晶玉に投影された映画の様に鮮やかに見ることが出来るのだ。
この地球で何度も転生を重ねている魂達にとって、
悟りを開き、
輪廻のサイクルから抜け出すことは、
彼らの魂の願いだと思った。
僕も、そんな1人だ。
瞑想家であるジョンに惹かれる、生徒達は多かれ少なかれ、
今生で解脱と悟りを目指しているに違いない、と僕は思った。
「神聖幾瞑想」
先生は、神聖幾瞑想(Sacred Geometry Meditation)という瞑想を教えていた。
SGM瞑想では、伝授式の瞑想を教えている。
伝授式では、プージャと呼ばれている儀式の中で、
歴代のアッセンデット・マスター達の
スピリチュアルなエネルギーを生徒に伝授することが出来る
この瞑想の一番のメリットは、努力をしなくても
瞑想の伝授を受ければ誰でも、空(くう)を体験できることだ。
普通、空(くう)は、禅僧の様に一生かけ修行したものにしか体験できない。
でも、SGM瞑想であれば、伝授料の5万円さえ支払えば、
空(くう)を体験することができる。
カルマは空に溶けるので、初心者でも簡単にカルマを解消することが出来き、
豊かな人生を送ることができると教えてくれた。
カルマの重かったカリユガの時代は終わり、
波動の軽いサティユガの時代がやってきた。
だから、昔の禅僧の様に
不確実で地道な努力を行う必要はなくなったのだ。
*
ジョンには沢山の逸話がある。
例えば、何千年もの昔に失われた、
ヨガの技法を一瞬でダウンロードし、
一冊の本を半日で書き上げたこともある。
彼が書いた本を全て読んだが、
どの著書にも宇宙の叡智がギッチリと詰まっていて、
僕の魂は、その本の完璧さに舌を巻いた。
この時代、この次元にこんな素晴しい知識を持った先生がいるのだと、
僕は素直に驚いた。
そしてチェンマイへ行けば、
偉大な先生から直接教えを請うことが出来るのだと、
僕は大喜びだった。
「ジョンとの出会い」
夜のフライトには、随分と空席が目立っていた。
この時期にチェンマイまで足を伸ばす観光客は少ないのだろう。
チェンマイの空港に到着したのは、確か、夜8時過ぎだったと思う。
シドニーの自宅を玄関のドアをあけ、スーツケースをゴロゴロと引きながら、
外を見上げると、キラキラと輝く星空が見えていた。
ずいぶんと長旅だった。
飛行機搭乗ドアから外へ、一歩足を踏み出すと、チェンマイの土の香り、
覆いかぶさるような、蒸し蒸しとした空気に体中が包まれた。
タイの土地は…なぜかとても懐しく感じる。
日本と同じで、稲作を大切にする国だからだろうか?
それとも、仏教の国だからなのか?
空港での検疫エリアを通過して、預けた荷物を受け取り、到着出口へと向かった。
瞑想家のジョンは、一体どんな人物なのだろう?と僕は心を踊らせた。
到着ゲートをくぐり外に出でて、キョロキョロとしていると、
一人の年配の白人男性が近づいていた。
「カオルかい?」と、男性は僕に声をかけてきた。
「ジョン?」
まさか、彼がジョンだとは思わなかった。
てっきり、観光客の一人だと思っていた。
無精髭をはやし、小太りでお腹が随分と突き出ている。
初めてみるジョンの目は、どんよりと濁っていた。
なんだが、覇気のない中年男性だった。
一見すると、彼が、“悟りの境地”に達している瞑想家だとは、
とても思えない。
年齢は60代のはずだけれど、もっと老けてみえた。
僕のクンダリーニヨガの先生、アクア・テラは、シドニーにいる。
彼女は50代だけれど、瞳はキラキラとダイヤの様にいつも輝き、
若さに満ちあふれている。
そういえば、SGM瞑想の先生が、普段のジョンは、
どこにでもいるオジサンだから驚かないでね、と話していたのを思い出した。
こうして、実際にジョンに出会って、
なんだか肩透かしを食らった様に思えた。
ともあれ、憧れのジョンに無事に出会うことが出来たのだ。
僕たちは空港のパーキングに停めてあった、白いカムリに乗り込んだ。
ジョンは、慣れた手つきでエンジンをかけ、ヘッドライトをオンにした。
アクセルをゆっくりと踏み込、駐車場を後にした。
「数年前まではなあ、BMWを乗り回したけど、いまじゃカムリだよ、
まあ、悪くはないけどな、
ああ、BMWの本革シートの座り心地は最高だったぞ!」とジョン言った。
ジョンにとって、僕は、久しぶりの訪問者らしく、
色々と個人的な話をしてくれた。
「いま、いろいろと他大変なんだ・・」とジョンは、ぽつりと言った。
信号が赤になり、カムリは緩やかに停止した。
「俺の妻は都会っ子だから、チェンマイなんて田舎は馴染まなくてさあ」
「お気の毒に、そんな事もあるよ…」と僕は、答えた。
「奥さんに会えないのは仕方がないけど、愛犬に会えないのが悲しくて」
「スカイプで話をすると、俺のイヌがあぁ、愛犬がなあ、悲しい目で見るんだあ」
とジョンは話を続けた。
「アメリカの家の賃料と、チェンマイのアパートの賃料、両方は払えんだろう、
今月の電気代も滞納しているんだ・・」とジョンは言った。
全く予想もしてなかった、彼との会話の内容に僕は戸惑った。
ジョンは世界的に著名な瞑想家だし、彼の本は何冊も読んだ。
彼の著書の内容は、この世界もとのとは思えないほど、
宇宙の真理、歴代のマスターの教えを正確に記述している。
世界的に有名な瞑想家で悟りの境地に達している人だ、
なぜ、なぜお金の困窮しているのだろう?と僕は不思議に思った。
*
ジョンが運転するカムリの中で僕は、尋ねた。
「アセンションは成功すると思いますか?今回で3回目ですよね?」
「なぜ、そう思うんだい?」とジョン。
「だって、ずいぶんと能力の高いサイキックがこの次元に現れていますよ。
宇宙人みたいに波動の高い連中がやってきて、
前みたいにアセッションの邪魔をしていますよ…」と僕は言った。
ジョンは興味深げに僕の話に耳を傾けた。
「たとえば…」と僕は、
数年前にシドニーで出会った凄腕ヒーラのアブドルの話をした。
アブドルは、高い波動を自在に操り、
一瞬で過去のトラウマ抱えるクライアンの記憶を書き換える能力を持っている。
文字通り、指一本で軽くクライアントに体に触れるだけで病を治癒してしまう。
体験としての記憶を完全に書き換えてしまうから、
不幸な出来事が“起きなかった”ことになるのだ。
奇跡のヒーラーとして名高い彼のもとには、
世界中からクライアントがやってくる。
人々に経済的な成功と、良い人間関係と、長寿と健康を約束している。
ああ、ブッタが、人の悩みとは、お金、健康、人間関係だと言ったけれど、
アブドルは貴方にその全てを提供してくれる。
だから、彼は奇跡のヒーラなのだ。
僕の話を聞きながらジョンは視線を空中に漂わせ、彼のことを霊視した。
しばらくすると、
「全く酷いもんだ、彼がやっていることは、見たくもない!」とジョンは怒り始めた。
「どうして?」と僕が尋ねると、
「やつは、クライアントのカルマを引っ剥がしてるんだ」
「カルマは、人生の宿題だぞ、ギフトだぞ!その宿題を他人に解いてもらってどう
するんだ?!」とジョン。
「アブドルがやっていることは、愛に欠けていますよね?」と僕が尋ねると
「その通りだ、愛がない!やつは訴えられるぞ」
事実、アブドルのヒーリングを長期に渡り受けたクライアントは、
様々な体調不良を訴え、アブドルを集団訴訟していた。
*
その晩、僕たちはイタリアン・レストランで食事をとり、
宿泊先のホテルまで送ってもらった。
ホテルの小さなロータリーに到着すると、雨が降りだした。
車のフロントガラスにコツコツと雨粒が弾けるような音がした。
「ああ、それから」と僕は、鞄から白い封筒を取り出した。
タイの通貨バーツがギッシリとつまり分厚くなった、封筒をジョンに手渡した。
史上最高の先生から、一週間講義個人を受けるとのであれば
決して高価な額ではなかった。
ジョンは、大げさな仕草でうやうやしく、その封筒を受け取った。
チェックインを済ませ、部屋に入ると夜11時を過ぎていた。
バタンと僕はホテルのドアを締め、
「失敗した!」と僕は思った。
ジョンは、想像していたグルのイメージとは全然違うことに心底がっかりした。
彼の書いた本は完璧で、芸術と呼んでも良いほど、宇宙の真理を捉えていた。
なのに、なぜ、ジョンはあんなに波動が低く、どんよりとした人物なのだろう?
家族の反対をおしきってまで、
シドニーから、はるばるチェンマイまでやって来たのは、
間違いだったのでは?と思った。
ジョンは、とても悟りを開いた瞑想家には見えなかった。
彼は、離婚を間近に控えうなだれている、ただの中年の男性だった。
*
チェンマイに来る前に、1人のSGMグループの先生と話をする機会があった。
「あの人のところには、絶対行っちゃだめよ」
「どうしてですか?」と僕は尋ねた。
「ジョンは、あなたに癒を与えてくれるわ、
でも、それでも幸せにはならないわよ」
「だって、あの人、幸せそうじゃないでしょう?
財布の中身は、いつも空っぽだし…」と言った
僕は、なんて答えて良いかわからなかった。
ジョンは、いつも“ハートに従いなさい”と、教えを説いていた。
「人生に計画なんて不要だ? 鳥をみてごらん?」
「鳥には一日の予定なんてないだろう?」
「だから、鳥たちは毎日楽しくやっている。
ほらごらん、鳥が飛んでいった先には、ちゃんと食べ物があるだろう?」
「ハートに従うのが人生を楽しむ唯一の方法だ・・」とジョンは言った。
僕のハートが求めているものは、カルマを昇華し、悟りを開くことだ。
それが僕の魂が心から望んでいるものだった。
だから、僕は、ジョンに会うのだと数年前から確信の様なものがあった。
*
翌朝、ジョンが彼の白いカムリで僕をホテルまで迎えに来てくれた。
「カオル、どうだい、調子は?準備はできたかい?」
ジョンの様子が昨夜とはガラリと変わっているのに気がついた。
アイロンがきいたパリッとした白いシャツを着込み、
彼のオーラは輝きに満ちていた。
講義の前日には、体調を整えるためにお酒は避けていると言った。
ジョンのスタジオ兼スパは、ホテルから車で10分ほどの距離にあった。
とても大きな施設で、フットボール場ほどの大きさがある。
プール、スパ、サウナ、食堂そして、ヨガで使うスタジオも完備していた。
地元で有名なヨガの先生が好んでクラスを開催しているほど、
立派なスタジオを備えていた。
建物はアッセンデット・マスターから受け取ったインスピレーションをもとに、
ジョンがエネルギーのバランスを考え精妙に設計したのだと
自慢げに教えてくれた。
*
スタジオでは、ジョンの女性アシスタントのキャシーが祭壇を掃除し、
市場で買ってきた花や果物をお供えしている最中だった。
キャシーは、チェンマイ育ちのタイ人。
地元のインターナショナル・スクールを卒業したばかりで、
ネイティブの様に流暢な英語を話す。
若い世代にまで瞑想が浸透しているなんて、
やっぱりチェンマイは仏教徒の土地なんだあ、と僕は感心した。
寺院の様な雰囲気のスタジオの真ん中で、
一人ぽつりと座りキャシーが準備を進める様子を見ていた。
まだ、午前10時だというのに外の気温はグングンと上昇を続けている。
タイのジリジリとした太陽が、容赦なく辺りを照りつける。
建物の外に備え付けられたエアコンの室外機が、
カタカタと音を立てている。
キャシーが祭壇に蝋燭、線香、献花の準備をはじめると、
次第にスタジオの空気がゆらぎ、小刻みに振動を始め、
キラキラとした光の粒が舞っているのに気がついた。
空気は徐々に透明感を増し、
スタジオはまるでヒマラヤの麓に来たかの様な
神聖な寺院へと変化していった。
スタジオの波動が急に高くなったので、僕の体はビックリし、
芯からガタガタと震えはじめ、ちょっとしたパニックの状態になった。
ジョンがやってきて、祭壇のロウソクと線香に火をつけた。
大昔の記憶を呼び起こす様な、懐かしい香りが漂ってくる。
「スピリチュアルなエネルギーが高まりつつありますね、
ふっ飛ばされそうですよ!」と
僕は、緊張を隠そうと冗談っぽく言った。
「カオル、気づいたか?」
「今、アッセンデット・マスター達を呼んでいるかなら」とジョン。
彼は、首に大きく長い数珠をかけ祭壇を背に座った。
ジョンの背後には、観音様や、阿弥陀如来などの
仏像美術やチベット美術の絵画が飾られている。
タイの山奥にある洞窟の中では、数百年の昔から、
今でも数人の僧侶がずっと瞑想を続けているという話を聞かされ、
僕は驚いた。
数十人がヨガのできる様に設計された大きなスタジオには、
ジョンと僕、そして助手のキャシーの3人しかいない。
ジョンの背後には、アッセンデット・マスター達が控えている。
ジョンは、日本では見かけないほど丈の長い線香に火を付け、
煙がゆらりと流れ出るのを確認すると、マントラを唱えながら、
ブッダの前に備え付けられた、線香皿に供えた。
僕は、武者震いした。
いよいよ、この次元で唯一、最高の“意識の段階に達した瞑想家”
ジョンによる講義が始まるのだ!
「それで、カオル何か質問はあるかい?」
その当時、僕のスピリチュアルな浄化の旅路はまだ道半ばで、
癒やされていない過去生の存在達と一緒にいた。
「なぜ、私達はこんなに苦しまなければ、ならなのでしょう?」
「なぜ、悪と呼ばれる存在は、
こんなに虐げられ、苦しまなければならないのでしょう?」
「悪役ほど、救われるべきなのではないでしょうか?」
「何度も、何度も、生まれ変わっては同じ過ちを繰り返し、
戦いは、もう・・うんざりですよ、“カルマの車輪”なんてうんざりです」
僕が、“カルマの車輪”と言った途端、ジョンとキャシーは目を丸くし、
お互いの顔を一瞬見合わせた。
キャシーは下を向いて、クスリと笑った。
彼らは、僕が講義の中で何を尋ねるか、
前もって一字一句正確に知っていたかの様だった。
ジョンは神様が生まれた瞬間に、悪魔が生まれると教えてくれた。
つまり、プラスのエネルギーを持つ神様が現れると、
バランスをとるために、マイナスのエネルギーを持つ悪魔が宇宙に生まれるのだ。
そこには、善も悪もない、神も悪魔もただの役割でしかないと教えてくれた。
この世に現れる前に、神を演じるのか、
悪を演じるのか配役を決めているだけだと言った。
「ああ、なるほど、スターウォーズですね?」と僕は言った。
「そうだ、スターウォーズだ。でも、そこには、ヒーロも悪役もない」
「悪役のいない西部劇なんてつまらないだろう?」とジョン。
生命という物語だけが展開しているだけだ。
僕は、その通りだと思ったが、
自分の奥底で納得しない何かが動くのを感じた。
*
ジョンの講義には、始まりがなく終わりがない。まるで、宇宙だ。
次から次へと話題が変わり、
講義はまるで神の調和の中で息吹く新緑の様に自然に流れてゆく。
講義の内容は宇宙の意識の進化の話題へと変わった。
宇宙は、何十万年もの周期的なサイクルの中で進化していると、
カリユガとサティユガという時代、
つまり、カルマの重い時代と軽い時代が交互に繰り返しているという話だ。
ジョンの教えの真骨頂は、カルマについて教えだった。
カルマは、人生の宿題だと言った、人の肉体はカルマの塊だと教えてくれた。
肉体にはカルマがあり、魂にもカルマがあった。
一般的にカルマが悪いものだと考えているが、決してそうではない。
魂と神と自分との合意のもと、今生で昇華するべきカルマの量を決め、
この地球に私達はやってきたのだ。
「カルマは、宇宙を進化させる燃料だ」とジョンは言った。
僕も、全く同感だった。
カルマとダルマの教えについて、
ジョンの右に出るものは誰もいないだろう、と僕は思った。
叡智は、私達の中にある。
本当は、私達は、あっけにとられるほど、
簡単で容易にその叡智にアクセスすることができると言う。
実際、この宇宙には我々の想像をも遥かに超える、知性体達が存在する。
でも、その宇宙の叡智にアクセスする為には、
自分の小さな肉体に留まるのではなく、
意識を、空(くう)と呼ばれる、何もなく、
そして、無限の領域に踏み込まなければならない。
僕は、ジョンの講義を全身全霊で食い入る様に聞き入り、
その豊富な知識とスケールの大きさに、僕は完全に魅了された。
講義の内容が不自然なほど、僕の魂が知りたいと思っていたことと、
ピッタリと合致したに驚いた。
ジョンこそは、この地球で唯一、
宇宙の真理をアクセスできる先生だと僕は確信した。
*
その日の講義が終わり、
ジョンは、僕とキャシーをカムリに乗せ、ホテルへと向かった。
途中キャシーの住んでいるアパートに立ち寄り、彼女を先に降ろした。
玄関先に立ち、笑顔で手を振っている彼女にジョンはウインクした。
ジョンがアクセルを軽く踏み込むと、
カムリのエンジンが、ブウンと軽快な羽音をあげた。
しばらくすると、ジョンが言った。
「いい子だろう?」
「えっ?」
「彼女だよ?」
「手を出すとまずいよね?」
「生徒に迷惑がかかるだろうし、SGMグループをダメにしたくないからね」とジョンは、続けた。
何かの冗談だろうと僕は思い僕は、
「別にいいんじゃない?」とおどけながら答えた。
まさか、宇宙の叡智にアクセスできる瞑想会の先生が、
教え子に手を出すことはないだろうと思った。
「観音堂」
今、思い返しても、ジョンと過ごした一週間は特別な時間だったと思う。
ある時、僕たち3人は、ジョンの運転するカムリで、隣街にある寺院に向かった。
それは、観音様の祀られている由緒正しいお寺だった。
ここの観音様は、何でも願いごとを叶えてくれるんだ、
とジョンは意味深げに言った。
そして、不思議な話をしてくれた。
ある時、ジョンの友人の1人が病に倒れ、
医師から余命3ヶ月だと告げられていた。
ジョンと彼女の家族は、彼女の為に連日祈りを捧げた。
だが、彼女の病状が改善することはなかった。
ジョンは何か彼女の為に出来ることはないかと、観音様の寺院に向かった。
門を叩くと、タイの僧侶が現れた。
ジョンの表情をチラリとみると、何かお悩みがあるのですね…?と尋ねた。
「実は、知り合いが不治の病でして…」とジョン。
「簡単ですよ、何か好きなものを諦ることは出来ますか?たとえば、好きな食べ物とか」と僧侶は言った。
「そうだね、豚肉とかどうだい?」ジョンは答えた。
「それで、大丈夫ですよ」と僧侶は答えた。
「今日から、豚肉は一切口にしないから、ご病気の友人の命が助かりますようにと、観音様のお願いしてごらんなさい・・」
「わかりました」とジョンは答えた。
その日を堺に、ジョンは豚肉を一切口にしなくなり、
余命3ヶ月と宣告された知人は奇跡的な回復を遂げた。
*
観音様の寺院へ向かう道中、
助手席の窓から、流れるチェンマイのどかな風景を見ながら、
僕は、ひとつ悩んでいたことがあった。
これは、ジョンに伝えるべきなのか?
どうしよう?と迷っていた。
でも、彼に伝えようと思い、わざわざチェンマイまでやってきたのも事実だ。
それは、僕のダークサイドとの契約についてだった。
サイキックのアブドルとの激しいヒーリングと霊視セッションの中で、
僕にはダークサイドとの契約があり7回の人生で死ななかったことを知った。
クンダリーニヨガのクリアで、サムライだった頃の過去生の浄化を、
激しくやっていたので、
7回の人生で死ななかったことは、とても腑に落ちる内容だった。
僕は、ハンドルを握るジョンの横顔をチラリと見ながら、
鉛の様に重い口を開いた。
「ジョン、実は…」と絞り出す様に話しかけた。
すると、突然、ジョンが、
思いっきりブレーキを踏んだ。
「キャー!」と後部座席のキャシーは悲鳴を上げ、
タイヤが道路の表面に擦れ“キーッ”と大きな音がし、
僕達は、体が前方向につんのめり、カムリは急停車した。
車の前には観光客らしい2人の女性が、
こともあろうに2車線の道路のど真ん中で地図を開き立っていたのだ。
彼女達も、驚いたらしく僕たちのことを怯える様に見ていた。
「まったく、中国人観光客はこれだからな!」とジョンは言った。
なんでも、チェンマンには沢山の中国人観光客が連日押し寄せていて、
彼等は全然交通ルールを守らないと、文句を言っていた。
僕は突然の出来事に呆然としていた。
ああ、なんてこった。
ダークサイドの契約の話を伝えるタイミングを失ってしまった…
と僕は思った。
*
観音様の祀られている寺院の敷地は、
想像していた以上に大きく、そして、色褪せていた。
寺院を維持するための予算が不足しているのか、
ところどころペンキが剥げ、みすぼらしい感じがした。
庭には、見上げるほどの大きな観音様が祀られていた。
通路には、七福神の1人である、布袋さんが描かられている大きな絵画があり、
ジョンは逸話を教えてくれた。
“神様の晩餐会に招待された布袋さんは、いつも宴の最中はウトウトと居眠りし、
宴の終わりになると目を覚ます。
そして、残りモノの食べ物を袋に詰めていた。
周りの神様連中は、彼は一体何者だい?とヒソヒソ話をしていた。
布袋さんは、実は、袋に詰めた食べ物を、
貧しい人々に配り、福を分け与えていた。“
布袋さんは、後に自分をマートレイヤつまり、弥勒菩薩の化身だと
自らの正体を他の神々に明かしたという。
*
僕たちは、お寺の境内にめぐらされた、小道を矢印の順路の通りに進んだ。
観音様の銅像の前に到着すると、線香に火をつけてお参りをした。
ジョンは、お経を唱えながら、うやうやしくお祈りをした。
「何のお願いをしたのですか?」と僕が尋ねると
「カオルの次の仕事が見つかりますように…」と、お願いしたと教えてくれた。
僕は、3ヶ月程前に16年間勤務したITの仕事を退職したばかりで、
次の仕事を探している最中だった。
瞑想の大家である先生が、
僕の為にお祈りをしてくれるなんて、とても嬉しく思った。
僕達は、お寺の入口にある、砂利道に止めた車に戻った。
由緒あるお寺だと聞いていたのに寺院は色褪せていて、
みすぼらしかったし、なんだか肩透かしを食らった気がした。
*
ジョンの運転する車は、チェンマイの街の渋滞に飲み込まれた。
窓の外には街の混沌とした風景が広がり、
車の中に流れ込んでくる空気は、湿度が高く熱気を帯びていた。
道路の脇には、電線がスパゲティの様に絡まった電柱が、
その重みに耐えながら、アンバランスな姿勢で道路脇に立っている。
助手席に座り、チェンマイの雑多な街並みを眺めていると、
そこには沢山の人々の日常と、人生が広がっていた。
そんな世界をなにげなく覗いていると、
自分の心に小さな隙間が出来た様な気がした。
その隙間がどんどんと大きくなり、
僕のハートも一緒に広がっていくのを感じた。
それは、慈愛だった。
観音様の圧倒的な慈愛だった。
「去年の洪水で街が水浸しになって…」とジョンが話を始めたが、
僕の耳には入らなかった。
観音様の慈愛は、世界中の人々を、どんな境遇にある人々にも、
あまねく平等に救いの手を差し伸べる様に、僕たちを包み込んでいた。
まるで、太陽の光の様に、平等に人々に救いの手を差し伸べているのだ。
観音様の慈悲。
言葉では、聞いたことはあったけど、
実際に観音様の慈悲を体感すると、
その慈愛の持っている膨大な愛のエネルギーは全てを凌駕していた。
この観音様の慈愛を一度でも体験すると、
もう、2度と同じ自分でいることの出来ない、
それほどまでに、変容の力を持つ、観音様の慈愛なのだ。
アッセンデット・マスター達は、この様に世界を支え、
人類を癒やしに導いているのだろうと思った。
「ほらっ、あそこのビルの2階、窓の下に泥の痕跡があるだろう?
洪水の水はここまで上がってきたんだなあ…」とジョンの話は続いていた。
「ボーンナイフ」
ジョンの講義も最終日に近づいた。
僕には、まだ片付けないといけない問題があった。
実は、前回の講義の最中に、自分の中にいる別の存在が、
激しく動き、思わず「ウオーッ」と大絶叫してしまったのだ。
僕の怒りのこもった絶叫は、ビリビリと建物を震わせ、
数キロ先にも聞こえるのではないかと思えるほどだった。
おかげで、スタジオの受付の女性からは
“スクリーマー(叫ぶ人)”とのニックネームを頂戴した。
大絶叫は今に始まったばかりではないから、想定内である。
2018年といえば、過去世の浄化が始まってから、
約3年が経過しようとしている。
クンダリーニヨガを通して、自分の過去世と繋がりのある、
侍や陰陽師の様な存在を癒やし、光へと返していた。
僕の体の中には、何やら自分以外の存在が、いるのは確実だった。
先日、講義の最中に大絶叫したとき、
「カオル、お前の中に何かいるぞ、方法は色々あるから、次回、除霊しよう」と言ってくれたのだ。
そして、今日がその除霊の当日になる。
ジョンは、いつもの様に蝋燭と線香に火をつけ、
空間の波動を上げていった。
「よいしょ」とジョンは、上座に座った。
彼の首には、巾着袋のような物がぶら下げられていた。
袋の中から、なにやら棒状の串の様なものを、たくさん取り出した。
「ボーンナイフだ」
「動物の骨で出来ていて、キューバの黒魔術で良く使われているよ」と、
ジョンは気軽に教えてくれた。
ボーンナイフは、小刀ほどの大きさで、白、茶褐色、黒といろんな色をしている。
マントラを唱えながら、患部をナイフで擦るとヒーリングが起こるのだと言う。
黒魔術の道具を目の前にして、これからどうなるのだろう?
と僕の体は、ガタガタと小刻みに震え始めた。
ジョンは、黒くて大きめのボーンナイフを手にとった。
「カオル、ちょっとこっちに来て」ジョンは、僕を手招きした。
僕は、全身がガチガチに緊張した状態でまま、
ジョンの前であぐらをかいた状態で座った。
ジョンは、祭壇様に準備した聖水を口に含むと、
僕の頭に「ブワーッ」と、霧吹きの様に吹きかけた。
僕の髪の毛はびしょびしょになり、なんだか情けない感じがした。
ジョンは、マントラを唱えながら、
ボーンナイフで僕の頭をゴシゴシと、擦りはじめた。
あまりにも、強くこするので、頭皮から血が滲みでるのではないかと思った。
僕の心臓は、緊張でバクバクと強く鼓動していた。
ジョンはボーンナイフを変えながら、何度も試したが何の変化もなかった。
「取れねえや、仕方ない、スモークだな、葉巻…」とジョンは言った。
キャシーは、葉巻と聞き、
「キャ」と声を出し驚き、その場で飛び跳ねた。
彼女は、慌てて戸棚へ手を伸ばし、奥の方から、透明のビニールに入った
沢山の葉巻を取り出した。
スモークヒーリングについては、過去に拙書の中で何度か取り上げている。
ヒーリングには、タイの僧侶が作った葉巻が使われ、
スピリチュアルなエネルギーがチャージされている。
使い方は、適切なトレーニングを受けたヒーラが、
マントラを唱えながら葉巻の煙を吸い、クライアントに吹きかける。
クライアントは、その煙を吸い込むことでヒーリングが起こり、
憑依がある場合は、とることもできる。
ボーンナイフと同様に、スモークヒーリングも黒魔術の一種である。
キャシーが驚いた理由は、ジョンはスモークヒーリングをもうやらない、
と宣言していたからだ。
ヒーリングとはいえ、葉巻の煙を吸うのだから肉体への負担は大きい。
だから、他の生徒にスモークヒーリングをお願いされても、
ジョンは断り続けていた。
つまり、ジョンは天下の宝刀を抜いたような形になる。
キャシーは、ビニールの袋に包まれていた葉巻を取り出し、ジョンに手渡した。
僕は、過去に何度かスモークヒーリングを受けているが、
あまりの苦しさにもんどりをうち、気絶しそうになったことがある。
スモークヒーリングの強さは、受けたときの苦しさは、
ヒーラの持っているシャクティつまり、氣の量に比例すると言われている。
ジョンのシャクティは、SGM瞑想の中でずば抜けて大きいはずだから、
苦しさも半端ではないと思い、僕は恐怖におののいた。
ジョンは、ボーンナイフを巾着袋にしまいこみ、代わりに葉巻を手にした。
こっちに来るようにと、手招きした。
「カオル、これやったことあるよな?」とジョン
「はい…」
「じゃあ、始めるぞ」
僕は、緊張で体がガタガタと震え始める。
ジョンは、葉巻に火を付け、マントラを軽く唱え、葉巻の煙を口に含んだ。
そして、僕の顔にむけて煙を吹きかけ、僕は、震えながら煙を鼻から吸い込んだ。
「ギャー!!」
あまりの苦しさに、僕は、耐えられず、もんどり返りながら、
スタジオの後方までゴロゴロと、転げてしまった。
「カオル、戻って来い」とジョンは呆れ顔で僕に言った。
僕は、四つん這いになったまま、ジョンのところに戻っていった。
「よく聞け、指示するぞ。踏ん張って、中のものを天井に吐き出せ」と、
ジョンは落ち着いた口調で言った。
僕は、オーケイと弱々しく答えた。
傍らではキャシーが、何が起こるのだろう?と固唾をのみ見守っている。
ジョンは、またマントラを唱え葉巻の煙を吸い込む。
そして、僕の顔にゆっくりと粘着質の煙を吐きかける。
意を決し、鼻から煙を吸い込む。
ウグッツ・・と強烈な苦しみが僕を襲う。
言われた通りに、僕は踏ん張って顔を天に向け、
ブワッと体の奥に滞留した塊を吐き出した。
それを、4回も繰り返した。
力の尽きた僕は、その場に倒れ込んだ。
「地の要素みたいな得体のしれないのが、カオルの体に入っていたぞ」
「こいつは、何千年もの昔から、カオルの背骨に中に一緒にいたんだな・・」と
ジョンは、教えてくれた。
*
ジョンからマンツーマンで講義を受け、一緒に過ごした日々は僕にとって、特別な日々だった。
だって、ジョンは肉体をながらも持ち悟りを遂げたマスターの一人なのだから。
瞑想を通して、宇宙の叡智にアクセスをすることが出来る…
こんな素晴らしい先生は、今の時代地球にはジョンしかいないだろう。
講義の最中に、ジョンは2週間後に話しはじめた。
「2週間後に、日本でのワークショップに招かれているんだけど、
まだ飛行機の予約が取れていないんだ‥」と、
「今は、金がなくてさ、昔は日本に行くと、赤いカーペットが敷かれた、
5つ星ホテルに宿泊したもんだよ。その時は、稼ぎは随分と良かったぜ」
何やら遠くから聞こえてきた…“ジョンを助けてあげて”と声が聞こえる。
こんなに偉大な先生がチェンマイの片田舎で
電気代の支払いも出来ずに困っているなんて、
僕が何とか先生を助けてあげないと…と、思った。
こんな僕の浅はかで、ナイーブな考えが、
僕の人生をとんでもない方向に引きずり、
崩壊させてしまうとは、想像もしなかった。
*
そもそも、ジョンに会いたいと思った理由は、
僕の魂が持っている地球のアセンションに必要な貴重な情報を
共有できる相手を探していたからだ。
そしてジョンは、僕と同じ情報を持っている。
唯一の違いは、持っている情報のフォーマットが違う事だった。
「長野へ」
2017年1月、僕は、瞑想の小林先生に連れられ、長野の片田舎にいた。
手足はちぎれるほど寒く、
真夏のシドニーからやってきた僕には、
強烈な寒さに体が縮み上がっていた。
その頃は、まだ、パニック発作を抱えていて、
新幹線に乗って長野まで移動するのは、至難の技だった。
何度も、立ち止まり、深呼吸をしながら、
コップの水をこぼさない様に慎重に足を運んだ。
長野までやってきた理由は、占い師のリリーさんに会う為だった。
2ヶ月前の2016年12月に、
瞑想の小林先生から初めてのスモークヒーリングを受け、
大絶叫をしたからだ。
「カオルさんの、パニックの原因はこれですね・・」と
小林先生は教えてくれた。
何か憑依しているので、
リリーさんに相談した方が良いとのアドバイスをしてくれたからだ。
長野の片田舎にある駅で、小林先生と落ち合った。
外は青空が広がり、
太陽の光が白く地面に積もった雪にキラキラと反射していた。
小さな駅の待合室で、僕と小林先生は、
迎えの車が来るまで世間話をした。
お互いに生活の拠点が、オーストラリアだから、
シドニーとメルボルンの生活や、
不動産、ワイン、バケーションの過ごし方など、
他愛のない話をしていた。
小林先生の本業は、大手外資系企業のアジア地域の統括部長なのだが、
とても自由に生きている人だった。
学生時代には、超有名なヴィジュアル系ロックバンドと
一緒に活動していたと話してくれた。
バンドのリーダは、とてもカリスマ的な人で、
ピアノもドラムも卓越した技術を持っている。
彼が怒るだけで、目の前のガラスの灰皿が割れるほど、
サイキックだと、楽しげに教えてくれた。舞台裏の事情を教えてくれた。
小林先生は、世間で言う瞑想の先生という印象は皆無だった。
「占い師リリーさん」
「どうぞ」とリリーさんが、ガチャリとドアを開けて迎え下くれた。
リリーさんは、細身の女性で、リリーというスピリチュアルネームみたいに
ユリの花が似合いそうな優しい雰囲気の女性だった。
とても大きな別荘のような洋館で、
ゆうに10人はゲストが宿泊できそうな豪華な家だった。
僕達は、リビングあるオーバル状の樫の木のテーブルに案内された。
外国の家みたいに天井がとも高く、空気は心地よく冷たかった。
慌ただしいお正月も終わり、なんだか、ほっと一息をついている、
リビングの様に感じた。
“私達の声が聞こえるだろうか?永遠からの囁きだ、私達は貴方がここに来るのを待っていた。貴方には、私達の声が聞こえるだろうか?
私達も、貴方の物語に参加していたのだ、全てを一緒に見ていたのだ、気がついたかい?あなたは、一人ではないのだよ・・“
リリーさんは、30代の日本人女性で長野の山奥にある洋館に、ドイツ人の旦那さん、ハンスと一緒に住んでいた。
僕の右隣には、小林先生が座り、正面には、リリーさん、斜め前には
リリーさんのご主人のハンスが座っていた。
ハンスは、細身のリリーさんとは対照的で、大柄でガッチリとした体格をしていた、頭はツルリとしていて、まるで青い目の僧侶みたいな印象だった。
日本には、もう、かれこれ20年以上も住んでいると、身振り手振りを交えて教えてくれた。
流暢に日本語を操っている彼の瞳は、天使の様に透き通っているのに僕は気がついた。
そういえば、どれだけ清らかな魂をもっているか?
知りたければ、その人の目を見れば良い・・・と誰かが教えてくれたことを思い出した。
ハンスも、僕みたいに、スピリチュアルな覚醒が10年以上も前に起こり、
パニック発作や、不眠を体験したと教えてくれた。
リリーさんは、突然立ち上がり、マッチでセージの葉に火をつけると、
なんだかネイティブインディアンを思い起こす、香りの白い煙が
ゆらゆらと立ち上がった。
金属のチェーンの付いた、褐色色の金属製の香炉に
白い煙の出ているセージの葉を入れた。
リリーさんは、玄関まで往復したり、部屋の隅々まで、煙を行き届かせようとしているみたいだった。
僕は、ガラスのキャビネットに、たくさんの天然石入っているの見つけた。
白く濁った水晶や、黒っぽい天然石、紫色のアメジストなど、
キラキラとした石が所狭しと並んでいた。
そういば、パトリシアも天然石が大好きだよな、
スピリチュアルに目覚めると、みんな天然石に惹かれるのだろうか?と僕は思った。
今では僕も一端の天然石の専門家みたいなものだけど、
当時は天然石については何も知識はなかった。
「スピリチュアルに目覚めると、色んな種類の天然石が必要になるよ」と
ハンスは教えてくれた。
「自分にあった天然石を選ぶコツはあるんですか?」と質問すると
「それはね、自分で選ぶんじゃなくて、天然石が人を選ぶんですよ」と、
ハンス。
意外な答えだったので、ビックリした。
天然石が人を選ぶんなんて、初めて聞いたけど、
なんだかシックリする感じがした。
ハンスはこの長野の大地に、西洋のエンジェリックなエネルギーを
根付かせるとのだと、夫婦で何度も土地と家を探し回り、
瞑想の中で浮かんだこの場所にようやく、
たどり着いたのだと教えてくれた。
「だから、この洋館には、本当に呼ばれた人しか辿り着けないのよ・・」と
リリーさんは、香炉をテーブルに傍らにおき、椅子にすわった。
お皿の上に盛られた、おはぎに手をのばし、美味しそうにほうばった。
彼女はスマホで、僕の名前と誕生日をもとに、何かを調べながら、
テーブルの斜向かいに座った僕のことを、時折チラリと見ていた。
「しかし、小林さんも、凄い人を連れてきたわね。空間が歪んじゃうし…」
「カオルさんが、家にいらっしゃったら、家全体に結界を貼られたのよ」とリリーさん。
「いや、そうなんですよ。今までの生徒中でカオルさんは一番凄いですよ」と小林先生は答えた。
「今朝炊いた、発行玄米の仕上がりがいまいちだったんだよね」とハンス
「きっと、カオルさん気がついていないわね。こりゃ、悪魔との戦いになるわ…」とリリーさんは呟いた。
僕には、何のことだかさっぱり分からなかった。
どうやら、僕の何かが…影響している様だった。
「初めて対面リーディング」
僕が、スピリチュアルというものに目覚めて、
最初に出会ったのが、SGM瞑想の小林先生で、
そして、次に出会ったのが占い師のリリーさんだった。
これが僕の壮大なスピリチュアルな旅路の始まりであり、
ここから沢山のライトワーカと呼ばれる人達と出会ってゆく。
その序論のような出来事だった。
“神様はいつも、壮大な物語の中にちょっとした、
キャンディを忍ばせておくものさ・・
予想もしないところに、スパイスが仕込まれていると、いいだろう?
その方が、人生に花が咲くというものさ、そのスパイスには、愛があり、
あなたが本当の求めているものが、あるはずさ…“
とマスターマーリンの声が聞こえる。
そんな、奇跡の中に僕たちは住んでいるのだ。
*
初めての対面リーディングはとても不思議な体験だった。
僕は、2階にある和室の部屋に案内された。
窓側には、小さな丸いテーブルがあり、椅子が置かれている。
僕たちは、向かい合う様にして椅子に座った。
長野の空は青く、窓からが柔らかな陽射しが、差し込んでいる。
「始めましょうか?」とリリーさんは、僕のことを見て微笑んだ。
彼女は目を軽く閉じると、トランス状態に入った
「青い小さな星が見えます・・」とリーディングが始まった。
「青い小さな星」
“地球の様に青い星、いや、少し緑がかっているのだろうか?
青よりも、緑色が強い様に記憶している・・
僕が、地球に来た理由は・・何だったのだろう?
その惑星では、アセンションを迎えていた様に思える。
アセンションは、その星の住人達の意識が飛躍的に進化する一大イベントである。
・・と同時にこの時期は惑星にとって、とても脆い時期にもある。
なぜかって?
それは、もちろん、若い魂を食い物にする、
宇宙人達が惑星の進化に介入してくるからだ。
今の地球を見てご覧よ、
沢山の宇宙人が地球にやって来ているじゃないか?
あるものは、チャネリングを通して、地球人に話しかけ、偽りの叡智を授け、
あるものは、スピリチュアル・リーダになりすまし、
目覚めたばかりの魂たちを先導する。
アセンション波動を上げることだ!
アセンションになると宇宙船がやってくる!
私は宇宙船に乗りました!
地球が破滅する前にノアの方舟を用意しましょう!
高度に意識と技術を発展させた宇宙人は、何でも知っているというのか?
ちょっと、まってくれよ!
それは、おかしくないか?
アトランティスを崩壊させたのは?一体誰だったのか?
宇宙の叡智とは?
実験場として、地球を使い、人類を檻に閉じ込めることなのかい?
それは、まるで、僕のやってきた、小さな青い星・・で起こった出来事を、
君たちは、再現しようとしているのか?
それは、断じて許せない。
卑劣な行為だと思わないのか?
永遠の輪廻のサイクルに、魂を閉じ込めておくなんて、
その様な愚ろかな行為は、宇宙の進化の妨げになるし、
不必要なカルマを・・また、銀河に蓄積させてしまうだろう?
ああ、そうだ、僕は光のマスターである。
輝ける光の存在の一人・・私に課せられた義務とは、
この宇宙の進化を正しく導くこと・・
果たして、僕の住んでいた星は、蛹(さなぎ)から蝶になろうと、
脱皮した瞬間に、宇宙人の餌食となりアセンションに失敗した。
アセンション失敗した惑星は、
レプタリアンの支配に置かれ、延々に搾取され続ける。
彼らは、銀河を徘徊に若い魂を食い物にし、
自分たちのエゴを膨らませ、支配する・・帝国を築きあげるのが・・
彼らの、種族としてのテーマ、つまり、カルマだからだ。
*
我は神なり龍神なり・・・いま、物語が始まろうとしている。
それは、貴方の魂が自分の数奇なる運命を時解く、鍵を探している
その鍵の覗き窓から、一体なにが見えるのだろうか?
運命とは何なのだろう?宿命と何なのだろう?貴
方は、運命に翻弄されるだけの、
人間なのか、それとも未来を切り開いていく、
もの・・・開拓者なのだろうか?
「地球にやってきた理由」
リーリーさんによると、僕は、小さく輝く青い星からやってきた。
僕が住んでいた惑星は、アセンションの時期に、
知性の高い爬虫類形のレプタリアンに支配され、
環境破壊が進み、星は壊滅してしまった。
科学者の魂を持つ僕は、宇宙空間に降り注ぐ素粒子の一つ
ニュートリノの様の研究をしていた。
それを聞いて、道理で僕は、カミオカンデのニュートリノ研究施設に興味があるはずだ、と納得したのを覚えている。
僕の魂は、地球で同じ惨劇が起きようとしていることを知り、
それを阻止したいと思い、そして地球で学んだことを自分の故郷である惑星の復興に活かしたい…と心から願ったのだ。
だから、何としても、地球に来るのだと・・僕は決意した。
でも、一つ問題があった。
地球行きの切符が手に入らなかった。
地球に入れる魂の数には、上限があり入場制限の様なものがかかっていた。
だから、地球には直接には行けないことが分かった。
でも、何がなんでも、僕の魂は地球に行く必要があるのだ。
どうしたらよいのか?
直接地球に行けないのであれば…まだ、他に方法はある。
仕方がない、背に腹は変えられないだろう?
ダークサイドと手を組めば良いのだ。と僕は思った。
ダークサイドと契約するのだ。
そして僕は、僕の惑星を支配し、崩壊させ、仲間と家族を奪った、
レプタリアンと手を組んだ。
僕は、僕の魂を売り渡すことなく…無事、故郷に戻って来れるように願い、
タイマーの様なものを自分に仕掛けた、それは、魂の目覚めのタイマーだった
もし、僕が地球に無事にたどり着き、泥まみれになっていたとしても、
魂が再び輝き始める様にと、
適切な時が来れば、合図を送ってくれる、誰かに出会うことになっていた。
その合図とは…
ああ、なんて馬鹿なタイマーを僕は設定したのだ?と僕は思う、と同時にそれは、完璧な目覚めのシグナルでもあった。
僕の故郷である惑星で起こった出来事とは、
未来で起こった物語なのだ。
だから、僕は、未来から地球にやってきた、ダブルスパイなのだ。
「宇宙の意識の進化」
宇宙の意識の進化におけるタブーの様なものがある
少なくとも僕の魂が覚えている範疇の出来事だ。
ちょっと、退屈になるかもしれないが、僕の話しを聞いて欲しい。
あなたが、今、地球人として人間を体験しているのは、
すべて宇宙の進化の為だということを覚えているだろうか?
全ては集合意識の中で繰り広げられている、マーヤ(幻想)の世界である
リアルな幻想の世界だと呼んでもいいだろう。
夢と現実に区別がないほどの、リアルなお話さ。
さて、私達は、体験をする為にこの世界にやってきた。
これは、目に見えない存在や、あなたが宇宙人と呼ばれている存在でも
おなじことさ、みんな完全であり、そしてまた不完全であるから、
この世界で清らかな宴を繰り広げることが出来るのだ。
喜怒哀楽、人生、山あり、谷あり、毎日の様に繰り広げられる人生のドラマを
僕達は体験しにきたのさ。
そして、その体験に必要なものは、カルマになる。
カルマとは、摩擦であり、葛藤だ。
濁流の中を下流から上流に向かって泳ぐようなこと、あなたは経験したことは
あるかもしれないね?それは、とても辛いことであり、その中で、様々なドラマが生まれていた。
栄枯盛衰、散りゆく桜に、侘び寂びを感じるのは、そこに日本人としての集合的なカルマがあるからなのだ。
カルマは悪いものではない、カルマがなければ、心が育たない、心がなければ、感情が生まれないのだ。
カルマとは、宇宙の進化の燃料であり、貴方がたがの魂が経験をつみ、宇宙が進化してゆくためにとても大切なもなのさ
ここまでは、いいかな?
カルマは、宇宙に遍在すべきものである。つまり、偏りがなく、均一的に広がっていることがとても大切だ。
これは、宇宙の意識の進化を監視する、アッセンデット・マスターとして、必ず注目すべきポイントなのだ。
もし、宇宙空間に存在するカルマの密度に偏りがあると、重要な問題を引き起こす。
どんな、問題かって? それは、アセンションが難しくなってしまうのだ。
アセンションとは、カリユガからサティユガへと移行する時期を指している。
つまり、波動の重い時代から軽い時代への大きくシフトするタイミングなのだ。
僕の未来の記憶によると、一部の者たちは、このカルマを操作することを覚えた。
自分たちが利する為に、自分の嫌いな相手にカルマを
カルマの分布に偏りがあると、アセンションが出来なくなっていまうのだ。
僕の未来の記憶が正しければ、その未来には波動をつかった爆弾が存在した。
それは、高波動を使った核兵器の様な爆弾で、爆発させると、その次元およびエリア一体のカルマを一掃させてしまう。
カルマが消えることは良いことである様に、思えるかもしれないが、
カルマが完全に除去されてしまうと、自由意志をもった生命が文明を築けなくなってしまうのだ。
なぜかって?それは、さっき話した通り、カルマ魂の学びであり、宇宙の進化の燃料なのだから、それが完全に消えてしまうと、知的生命が存在出来なくなるのだ。
それ以外にも、もっと重大な問題がある。
高波動の核兵器を使うことで、宇宙におけるカルマの分布に偏りが出来てしまう。
つまり、カルマの重い時空と、カルマの軽い時空が出来てしまう。
すると、宇宙が意識のレベルを次のステージに進めようと、
アセンションを遂げようとしても、カルマの重たい場所に引きずられ、
アセンションが出来できなくなってしまうのだ!
地球は一体、何度目のアセンションを迎えようとしているのだ?
冗談じゃない、これで3回目のアセンションだ。
宇宙が次のサイクルに移行できないと、判断すると、神・・唯一の神を意思で宇宙をリセットしてしまうだろう。
これは、神の意思であり、まるで、アトランティスの崩落、あの夕陽の中に沈んでいった、アトランティス文明を彷彿とさせる様な出来事なのだ。
ああ、なんて貴方が愚かなのだ?自分たちやっていることに気が付かないのだろうか?
貴方は、たかだか100歳程度の寿命を持つ存在ではない。数万年も生きることの出来る光の肉体と永遠の魂を持った存在なのだ。
また、神と地球をリセットするかどうか?ライトカウンセル(光の協議会)の連中と、まことしやかに話し合うなんて、まっぴらごめんだ。
ことの重大さがわかったら、さっさと、やるべきことをやり、人々を少しでも良いから光の方向への導くのが、時代の大義なのだ。
「セッション終了」
ともあれ、リーリーさんのリーディング・セッションは無事に終わった。
不思議な話しをたくさんしてくれた。
未来の惑星の話しとか、
僕の背後には、宇宙人と、ダークサイドと、ブラックホールがいるとか
1年ほど前に、スピリチュアルなるものに、目覚めたばかりの僕にとっては、
正直、疑問に思うことばかりにで、何一つ腑に落ちることはなかった。
パニック発作が落ち着いてくれれば、それで良いと思っていた。
リーディング内容は、あまりにも、壮大なファンタジーとしか思えず、
現実感はなかった。
でも、それから数年を経てスピリチュアルなジャニーを歩み続けると、
リリーさんのリーディング、つまり、僕の魂の物語が、
少しづつ、紐が時ほぐれ、蕾があらわれ、花を咲かせ様になった。
今振り返ると、リリーさんの壮大なリーディングは、とても的をえていたのだと思う。
だから、リーリーさんと、小林先生には、今でも、とても感謝している。
「シドニーへ戻る」
僕は、ジョンが運転する白いカムリの助手席に乗り、
チェンマイ空港へと向かっていた。
ジョンは悟りを開いた、マスターだと言われているだけあって、
助手席座っているだけで、体がビリビリと痺れてくる。
車は渋滞につかまり、ノロノロとしか進まなくなった。
ジョンは、ふと空に視線をやり僕に言った。
「ああ、それからカオル・・」
「これから先、何が起こったとしても、君のせいじゃないからね」とジョン。
「オーケイ、ああ、分かったよ」と僕は答えた。
一体どんな意味なのだろう? 僕は一抹の不安を感じた。
僕は、ジョンみたいな数奇な運命を辿る人生を歩むのだろうか?
“あの人のところに行っちゃだめよ”と先生の言葉が僕の脳裏を横切る。
チェンマイ空港の駐車場に到着した。
ジョンは、別れ際にサンスクリットの原書を英文に翻訳した、
大学の論文の様な資料を見せてくれた。
なんでも、彼が見つけた、アドヴァイタ(非二元論)に関する、
貴重な資料だということだった。
僕は、飛行機に乗り込み、座席に付いた。とても、濃厚な10日間だった。
色んなことがあったし、とても学びになった。
でも、ダークサイドとの契約についてジョンと相談が出来なかった!と悔やんだ。
飛行機のエンジンが、キーンと音をたて、スピードを上げはじめ、
体が座席に押し付けられる、僕は、抵抗するのやめ、
押さえつけられるがままにした。
ギギギと、タイヤが尾翼に格納される音がした。
眼下にはチェンマイののどかな田園風景が広がっている。
すると、どうしたことか…、いままで、僕の背後で隠れていた靄の様なエネルギーが、僕の体へと降りてきたのだ。
ああ、なんてこった、
きっと、ジョンから隠れていたに違いない…と思った。
*
僕は、シドニーへ帰国し、再び就職活動を開始した。
以前は70社応募しても、返事は一切なく梨の礫だった。
でも、今回は、観音様への祈りが通じたのか、
すぐに新しい職場を見つけることが出来た。
職種は、大手メーカのシステムアーキテクトの仕事だった。
妻も10歳になった娘のチーちゃんも大喜びだった。
「だって心配したのよ」と奥さん
「よかったねー」とチーちゃん。
新しい仕事が見つかったのは良かったけれど、
僕の内側では大きな2つの流れが、正面から衝突していた。
ひとつは、もちろん、家族の為に稼ぎ続けなければならないこと。
もうひとつは…“ジョンのことを助けてあげて”と観音様の声が聞こえたこと。
これまでは、IT企業のマネージャーとして、人の2倍は稼いできた、
でも、おかげで身体はボロボロとなり、パニック発作もちになってしました。
正直オフィスワークは無理だと思っていた。
瞑想とヨガの講師になること夢だったし、僕には自然な道だと思った。
だって、クンダリーニヨガのおかげで、過去生の侍の浄化が出来たし、
SGM瞑想と出会ったことで、僕の人生は好転した。
瞑想とヨガがなければ、ここまで辿り着けなかったと思う。
きっと僕の様に、突然にスピリチュアルな覚醒が起こり、
困っている人々もいるだろうし、そんな人達を助けてあげたい…と思っていた。
だから、妻には何度か相談したが、
「そんなのあり得ないわよ…」との反応が帰ってくるだけだった。
いずれにしろ、新しい仕事が決まり、家族は嬉しそうだったので、
僕は、正直ホッとした。
出社日まで、あと1ヶ月となったある日、
一人のSGMの先生から、千葉でSGMのワークショップがあるから、
興味があったらどうぞ、という話しがあった。
仕事が始まったら休暇をとることはしばらく出来ないだろう…と思い、
日本で開催されるワークショップに思い切って参加することにした。
「ワークショップ」
SGMのワークショップは、千葉の田舎で開催された。
僕は、最寄りの電車の駅で下車して、私鉄の駅の階段を降りた。
瞑想の伝授、プージャで使う花束を片手にもっていた。
無人駅で過疎化が進んでいるのか、随分と草臥れた駅の様に思えた。
事前に調べたのだが、バスは2時間に1本しか通っていない。
バス停のすぐそばには、タクシーが一台止まっていたので、
タバコを吸っている運転手さんに、
郊外ある古民家コッテージまで連れて行ってくれますか?
と尋ねたところ、タクシーは、地元の人たち送迎の専門だから、
乗せることは出来ないと教えてくれた。
町の予算が減ったためにバスの本数が削減され、との話しだった。
タクシーの運転手さんと話しをしていると、
駅の階段から一人の男性が降りてきた。
彼も、手に花束を持って、こちらの方やってくる様だ。
瞑想の伝授である、プージャの儀式に花と果物は必須なのだ。
なんでも、神への供物である、花、果物、火、水の無いプージャは、
種のない果実の様に、本来の意味をなさないとの事だった。
人気の少ない片田舎で、花束を持っているということは…
彼も、ワークショップでの参加さに違いない。
「もしかして、SGMのワークショップに参加されるのですか?」と男性に尋ねると。
「そうですよ」と答えた
男性は、スラッとした細身で、肩幅はガッチリとしていた。
色白で、なんだか神社の神主さんが、都会に抜け出してきた様な人だった。
初対面なのに、まるで旧知の仲の様に僕達は、意気投合した。
ババジへの想い、インド哲学、サーンキヤの教えのなど、
どこか僕の魂が遠くに忘れてしまった、懐かしい記憶に触れる、
なぜなのだろう?
いままで、生きていてババジやインド哲学を意識したことは、
ないけれども、なぜか、その言葉は僕にとって特別な響きを感じる。
先生の名前は、山鹿と言った。
僕達は、ここで出会う運命になっていたのだ!
山鹿先生と僕は、ワークショップの休憩時間に、
悟りについて熱く語り合った。
今生で悟りを開き、そして、輪廻の輪から離れ、解脱するのが目標なのだ。
まさか、山鹿先生と僕にはカルマ的な因縁があり、
エジプト時代、彼とその一族が僕に呪をかけていたなんて、知る良しもなかった・・
<続く>