“これは、僕のカルマの物語である”
「プロローグ」
2020年11月、僕は、大阪の街にいた。
その年は、パンデミックの真っ最中で
世界中でロックダウンが始まり、
国境が封鎖されている時期だった。
僕が家族の反対を押し切り、日本にやってきたのは、
世界的に著名な米国人の瞑想の先生がここで、
キリストや、ブッタの素晴らしい教えを説いていたからだ。
「お前は、全然分かっちゃいない!」
先生のジョンは、椅子から立ち上がり、
火のついた様に怒りはじめた。
普段はとても温和で生徒に、慈愛の教えを説いている先生なのに、
一体どうしたのだろう?・・と僕は、動揺した。
「でも・・このマントラは、不自然じゃないですか?」
「生徒のカルマを歪ませていますよね?」と
僕は、反論したが、先生の動かしてる膨大な宇宙のエネルギーに圧倒され、
両足がガクガクと小刻みに震え力が入らない。
「これは、神の願望だ、宇宙からのギフトだぞ!」とジョンは続けた。
先生は、両腕を大きく広げ、不快感をあらわにした。
怒っている先生の顔を見てギョッとした。
顔つきが、どんどん変化を始めたのだ。
とても、人間だとは思えない。
僕は、思わず後ずさりした。
“なぜ、お前がこんなところにいるんだ…”
僕の心臓は凍りついた。
「始まり」
1980年代後半、僕はアメリカの片田舎に住んでいた。
16歳の頃、僕の部屋の壁には大きな地球のポスターが貼ってあった。
アポロ11号の母船から撮影した地球は、
漆黒の闇に青く輝くダイヤモンドに様に
くっきりと浮かび上がっていた。
ポスターを眺めていると、何だか、
太古の記憶が蘇ってくる様な気がした。
懐かしい遠い昔の記憶だ。
いったい僕は、
どんな魂の記憶を宇宙の彼方に置き忘れてきたのだろう?
輝ける魂をもった勇者達よ、地上へ旅立つ時がやってきた…と
マーリンの声が、僕の耳元で声が聞こえる。
「曼荼羅」
曼荼羅の中に織りなす物語が宇宙に生まれた。
あまりにも完璧で崩してしまうのはもったいないと、
神々はため息をついた。
ヒマラヤの麓にある寺院で、
一人のチベットの僧侶が、色彩鮮やかな砂を使い
壮大な曼荼羅を寺院の床に描いている。
彼は体を前後に小刻みに揺らし、
マントラを唱え、祈りながら、
一心不乱に物語を描いている。
彼の脳裏には、全ての物語が見えていたのだろうか?
千年ほど前のこと、
まだ世界の空気が澄み切っていた時代、
チベットの山脈からは、世界のブループリントを容易に
見渡すことが出来た。
僧侶は、無限と有限の間から生まれる世界を、
ありのままに、描く様にと命じられた。
だが、世界は変化に満ちており、
どの様に表現すれば良いのか…戸惑った。
世界の美しさと儚さを大切にするために、彼は砂を使った。
彼が寺院にこもってから、はや30日が過ぎようとしていた。
寺院の床には、10m四方はある巨大な曼荼羅が描かれていた。
やれ、やれ、と僧侶は思った。
ほっとした瞬間、
バタンと、不意に入り口の扉が開き、
旋風がぴゅうと部屋の中に流れ込んだ。
壮大な曼荼羅は、波にさらわれるかの様に、さらさらと崩れ去り、
人生というカルマの物語が、始まった。
*
僕の瞑想の先生ジョンは、お気に入りのBMWのハンドルを握り、
バンコックの街中を滑るように走っていた。
助手席の窓からは、パスタをフォークでグルグルと
無造作に巻き取られた様な、電柱がいたるところに立っている。
電線の重みで電柱が折れてしまうのではないか…と思うほどだ。
車は渋滞につかまり、ノロノロとしか進まなくなった。
ジョンは、ふと空に視線をやり僕に言った。
「ああ、それからカオル・・」
「これから先、何が起こったとしても、君のせいじゃないからね」とジョン。
「オーケイ、ああ、分かったよ」と僕は答えた。
一体どんな意味なのだろう?
僕は一抹の不安を感じた。
数年後、まさかこんな結末が待っているなんて、
当時の僕には想像も出来なかった。
(続く)