文章を書いていると、お伝えしたいことが出てきました。
最近、この本を読んでいたのですが
「シャーマン・ヒーラー・賢者」

やっぱり、
「エネルギーが最初に動いて、頭での理解は後からやってくる…」と
書かれていました。
私がリーディングの抽象的な内容を頭で理解しても意味がない、
感じることが大切ですよ
…とお話していたのと、全く同じで、やっぱりね、という感覚でした。
宮古島で、私がやっていることを皆様には、
お伝えしていませんが、
シャーマンみたいなことを私はやっています。
もし、皆さんが私と一緒に宮古島に来られたら、
驚くと思います。(良い驚きです)
同じ(?)シャーマン繋がりとして、
この本を読むと、納得できる点が沢山ありました。
裏の世界は、ミルフィーユみたいな、エネルギーの層で出来ているので、
ヒーリングが起こるときは、
まず、エネルギーのレベルで癒やしが起こって、
そのあとに、頭での理解がやってきます。
本当は、99%が(理解の出来ない)エネルギーで、
1%が頭での理解になります。
ですので、頭での理解は、本当に意味がなくて、
理解というのは、するのではなく、
理解は、自然と起こるものなんです。
どうでしょう?この辺り、分かりますか?
ですが、この頭で理解する必要が無い…と言葉で説明すると、
今度はこの意味を悪用する人が出てきます。
例えば、不思議なヒーラがやってきて、3万円でヒーリングをするけど、
頭では理解する必要がないよ・・と、言うかもしれませんね。
頭では理解する必要がない、
とは、洗脳にも繋がるので、リスクもありますね。
説明が本当に難しいのですが、エネルギーとしてお伝えすると、
ある日、賢者があなたの前にあらわれて、全体の現れとして、
”頭では理解する必要がない、感じることが大切です”と
伝える人がいるのであれば、それは、真理だと思います。
全体性の繋がりが欠けた状態で、”頭では理解する必要がない、
感じることが大切です”
と話すと、これは、単なる情報ですので、なんの効果もないんですね。
ちょっと違うのですが、言葉に魂が乗っていないと言えます。
ここまで、お話して気が付きました!
本物の魔法使いというのは、全体性の現れとして、
話しかけることの出来る人です。
私たちは、ひとつの大きな意識の海なのですが、
全体性の海から相手に話かけると、
これは、真理ですので、海(エネルギー)が本気で動くんですね。
どうでしょうか?
これまた、レベルの高いお話ですが、
ネイティブ・インディアンや、アイヌの人々、アボリジニの人々は、
普通に理解していたと思います。
このあたりの、一つの海で、全体性からお話するのは、
レムリアの神聖と直結します。
実は、歌や踊りというもの同じで、
ネイティブ・インディアンの歌や踊りは、
原始的にも見えますが、全体性の現れとして、
意識の大会に直結して、踊り歌っているので、
やっぱり本気で、エネルギーが大きく動くんですね。
でも、噛み続けると、すぐに味の無くなるガムの様な、
流行りのポップソングは、
上澄みの感情が動くことがあっても、
大海には繋がっていないのでは、ないでしょうか?
(でも、歌手によるかな・・)
どうでしょう? ここまで、分かりますでしょうか?
物質的な世界では、何の役に立ちませんが、
レムリアの中心に繋がる、大切なお話だと思います。
私が、在り方が大切ですと、いつもお話していますが、
在る時には、全体性に繋がっているんですね。
と、ここまで、偉そうに、お話しましたが、私が、出来ているのか?!
私は、こんな感じに、高邁な生き方ができているのか?
というと、そうでも無いので、その辺りはご了承ください。
では、
オーストラリア在住21年の筆者が、自然療法であるホメオパシーでパニック発作を治療したところ、苦難の末、壮大な一瞥体験をし、2015年にスピリチュアルに覚醒した体験記。
”冗談だろう? 人生って、ジョークだったのか? あまりの可笑しさに、僕は笑いが込み上げてきた。 僕たちは、人生というドラマの傍観者だったのだ。でも、そこには愛が満ち溢れている。 いや、どこもかしこも、愛でギッチリ溢れているのだ。” 〜本文より〜
【こんな方におすすめ】
・自然医療に興味のある方
・悟り体験に興味のある方
・クンダリーニ覚醒に興味のある方
・スピリチュアルな浄化体験に興味のある方