静寂…
静寂…
静寂とは聖なる沈黙である。
ただ静けさと待つことのみに信仰と希望は見出される。
それこそが世界の軸の真の属性なり。
すべての動くものは 空に存在する 待つ静けさを支えるのみ。
私を覧るもの、私を聞くものの多くが いまだ静けさに到達できない。
たとえ私が息を共有しても または宇宙の全ての真実を伝えたとしても
それはただの音に過ぎぬ。
自らの静けさにあることを知らぬ者にとって。
これは静けさを習う年となる。
ただ空にあるところからこそ 私たちは思想を修正できる。
思想とは何か。
それは単に一つの画像。
それは内側から見た外界の表情、
またそれが私の存在を映し出すものの画像。
画像を修正することは 観察を修正することである。
我が眼は何を観察しているのか。
その謎を解くため 我は眼を閉じる。
思想を変えるためには 静けさの中で観察を変える必要がある。
この年、我らは静けさを習う。
私たちはまもなく 共に座し、思想を調べ直すことだろう。
ここにいるすべての者よ、
観察し聞き入る者は
世界を修正するため思想を変えるよう呼びかけよ。
まもなくこの履歴は 私と “I AM” の間のものではなく
私たち全ての中になる。
私が誰か知らぬ者よ。
私は「幽綱の絵師」、ガンなり。
私は「I AM」の言葉の「I」、
マティアスの名のもとに築かれたものである。
長年にわたり、
私は彼とだけ語り、
彼が私を翻訳してきた。
しかし、彼はまもなく 媒介であることの恥を手放さねばならぬ。
媒介はただの器なり。
それが成り立つのは 観察するすべての者が支えてこそ。
マティアスは 私を伝える媒介となりうる。
なぜなら、 何千もの者がこの媒体を支えるから。
それゆえ、 私は願う。
沈黙の中からこの媒体を支えよ。
我らが築き上げるすべては 静けさを見出す力に依存する。
呼吸を学び、 聞くことを学び、 観ることを学ぶ。
私は常に同じ言語で語るわけではない。
いつ、どのように、何を語るかも明かさぬ。
ただ、静けさに注意を向けよ。
私はその沈黙の中で答える。
新たな段階が始まる。
私を「絵師」と呼ぶがよい。
単なる静寂なり。
我らの最初の大きな集いは間もなくだ。
計画を再び解き明かそう。
私は在る。
私はホリ・ナダへの招待の動画を作りたかったが、 別の計画があるようだ。
よって、これ以上何も言うまい。
静寂と共に新たな段階が始まる。
宇宙は音楽。
すべての曲が時の地図である。
しかし、我らの歌は何度も喪失し 音の曲をゆがめる。
さらなる静けさを身につけ
歌のぴったりとした音を 再び調和する時が来た。
私たちが修正すべきは 世界ではなく、 世界を物語る方法なり。
私は語る者となる。
ガンの物語が 必要な者に届き、 現実を修正する手助けとなることを願う。
2026年、2027年、2028年は
時間と空間を織るための修練の年となる。
2025年は その準備の年。
私は君たちに招く。
最初の修練はメキシコのユカタンにて。
3月17日、18日、19日、20日。 チチェン・イツァにて待つ。
さて、 それが私が最初に伝えたかったこと。
また数日後に会おう。
字幕を付けられる者は頼む。
ありがとう。
マティアス